29-完.説明ヲ求ム
「だから、なにもないと言っているだろう!」
「嘘おっしゃい! じゃあ、どうしてガーゴイルが起動したんですか!」
「ちょっと会って話をしただけだ! おまえの考えているようなことはない!」
「じゃあ、どんな話をしたのか聞かせていただけますか!」
「そ、それは、おまえには関係のないことで……」
「ほら、やっぱり! あなたのそういうところには、ほとほと愛想が尽きました!」
「ま、待て。本当にやましいことはない、おれの話を……」
店に戻って、おれたちはがっくりとうなだれていた。
カウンターの向こうで、川島夫妻が凄まじい言い合いを繰り広げている。
かいつまんで聞いた感じだと、どうも陽子さん優勢のようだ。
「……つまり、どういうことなの?」
姫乃さんの言葉に、おれはうなずいた。
「……ガーゴイルは、入力されたトリガーによって活動を開始します。あの魔具も同じように、陽子さんの入力したトリガーによって起動します」
「それが、川島さんの浮気?」
「浮気、というか、まあ、元カノと会ったらってことでしょうね……」
あの隠していた賞金は、つまりアレだ。
川島さんがクロだったとき、この家を出るための費用だったらしい。
……そういえば、川島さんの下の名前ってヨシヒコだったなあ。
と、美雪ちゃんがズーン……と沈んでいる。
「……大丈夫?」
「そう見える?」
いいえ、まったく。
彼女はちらと川島さんたちを見た。
「……ハア。お父さんもお母さんも、気分だけは若いっていうか」
「まあ、いいことだと思うけど」
「この歳で両親のあんな言い合いを聞かされる身にもなってよ」
「ご、ごめん」
彼女はどこか、軽蔑に似た視線を向けていた。
「……お父さんも、マキ兄といっしょだよ」
「え?」
「あんなひとのどこがいいかわかんない。そりゃ、昔は世界大会なんて出てたからモテたんだろうけどさ。いまじゃ日和ったおっさんじゃん」
「…………」
おれはその言葉に、ふと違和感を覚えた。
「それは違うよ」
「え?」
「川島さんは、日和ったんじゃない。いまも戦ってる」
美雪ちゃんは黙って聞いていた。
「昔は自分のために戦ってたんだと思う。見栄とか、プライドのためにね。確かに、そんなひとは格好いいと思うよ。でも、いまは守るものが変わったんだ」
「なにさ?」
「美雪ちゃんたちだよ」
彼女は虚を突かれたようだった。
「もしかしたら、川島さんも昔と同じように新しいダンジョンに潜りたいのかもしれない。でも家族を守ることを選んだ。それはダンジョンを攻略するよりも簡単なことじゃないよ」
「…………」
彼女はしばらく黙っていたが、やがてぷいと顔を逸らした。
「よくわかんない」
おれは苦笑した。
その表情が、昔の彼女とまるで変っていないのを思い出した。
大学のころ、まだ幼かった彼女によくダンジョンに連れてけってごねられた。
そんなとき、彼女を言いくるめるのはおれの役目だったっけ。
「おれだって、大学のころは川島さんを同じように思ってた。美雪ちゃんにも、いつかわかるときが来るよ」
「……それは、マキ兄もいっしょってこと?」
「……まあね」
彼女は深いため息をついた。
「……でも、お父さん浮気してるじゃん」
「ご、誤解かもしれないだろ」
「冗談だよ。あのひとにそんな甲斐性ないの知ってるし」
そう言って、美雪ちゃんは肩をすくめた。
と、カウンターの向こうも少し雲行きが変わっていた。
「だってあなたが誰にでも優しいから、こっちだって不安になるんでしょう!」
「だから、愛してるのはおまえだけだと何度も言っているだろう!」
「だったら、どうして電話の一つもしてくれないんですか!」
「そ、それはおまえがしてこないから、おれだって……」
……結局のところ、あのふたりの惚気につき合わされただけらしい。
こうして、騒がしい一日は終わりを告げようと――。
「……ねえ、祐介くん」
「はい?」
姫乃さんの声に振り返り、おれは固まった。
にこにこと微笑む彼女。
その手には、一枚の封筒が。
『陽子さんへ。――牧野祐介』
姫乃さんが、おれが陽子さんに送ったラブレターをひらひらしている。
「あの宝箱に入ってたの見つけちゃったの。これ、どういうこと?」
「あ、いや、それは……」
ど、どうして?
確かタンスに仕舞ってたって言ってたのに……。
おれは助けを求めるように美雪ちゃんを見たが、彼女も姫乃さんと同じ表情を浮かべていた。
「マキ兄。説明して」
「祐介くん。はやく」
おれは息をつくと、静かにその場に正座した。
……どうやら、今日はまだ長そうだ。
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