29-3.救助


 ……どれくらい時間が経っただろうか。

 おれたちは穴の下で、ぼんやりと天井を見上げていた。


 美雪ちゃんがため息をついた。


「……なんで『エスケープ』が使えないの?」


 そうなのだ。

 一度『KAWASHIMA』に戻ろうとしたのだが、うんともすんとも言わない。


 というか、さっきからすべてのスキルが使えなくなっている。

 この状態で、穴をよじ登るのは無理だ。


 おれは手のひらで空気を掴む動作をする。

 その感覚は、ダンジョンの空気よりも元の世界に近かった。


「……この空間だけ、魔素がシャットアウトされているんだ」


「もう、お母さん! どうしてそんなことしたの!?」


 陽子さんはのほほんと笑った。


「だって、宝箱が盗まれたら大変じゃない」


「まさに大変な状況になってるんだけど!」


「うーん。まさかこんな隠し方してたなんてびっくりだものー」


 自分でやっておいてこの言い草である。


 さっきから他に出口を探しているが、ここは完全に閉鎖された空間だった。

 このままでは、本当に餓死してしまう。


「……まあ、言っても始まらない。どうにか出る方法を考えなくちゃ」


 壁の側面に触れる。

 さっきから同じことを繰り返しているが、どこか見落としがあれば……。


「…………」


 と、美雪ちゃんがじっとおれを見ていた。


「な、なに?」


「……マキ兄。どうしてお母さんを怒んないの?」


「え。だって、なってしまったものはしょうがないだろ」


 美雪ちゃんの眉が吊り上がった。


「マキ兄さ、ちょっと楽観的すぎるよ! もし出られなかったらどうするのさ!」


「そ、そんなことは……」


「あるでしょ! お母さん、なにしでかすかわかんないんだよ!」


 まあ、否定できないけど。


「……でもさ、ミスを責めて空気が悪くなっちゃ意味ないだろ」


「…………」


 彼女はうつむいた。


「……マキ兄は変わったね」


「え。なにが?」


「昔はそんなんじゃなかった。実力主義で、自分の力を信じて、みんなの中心でさ。ほんとに格好よかった」


「…………」


 彼女の鋭いまなざしが、おれを射貫くようだった。


「黒木さんのせい? それとも、お母さんが特別だから?」


 おれはしばらく黙っていた。

 目を向けると、陽子さんは沈黙を守っている。


「……美雪ちゃん、あのさ」


 そのときだった。


 ――するり。


 おれの目の前に、ロープが垂れ下がってきた。

 ハッとして上を見ると、穴のところに見知った顔があった。


「祐介くん、なにやってんのよ!」


「え、姫乃さん?」


 どうしてここに?


 と、次に顔を出したのは川島さんだった。


「はやく登れ」


 おれたちは顔を見合わせると、慌ててそのロープを掴んだ。

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