主任、ただの尻拭いですよ(後)

29-1.ふりだしにもどる


 ガーゴイルが翼を広げた。


「くるぞ!」


 魔力が渦巻き、旋風となって襲う。

 美雪ちゃんが盾を構えて、それを受け止めた。


 スキルの隙をついて、おれはその懐に飛び込んだ。

 剣を心臓の位置に突き刺そうとするが、石の表皮は刃を通さなかった。


 その瞬間、石の剛腕の一撃が見舞われた。

 それをバックラーで受け流しながら後方に跳ぶ。


「なんでガーゴイルが……」


「こんなモンスター、うちにいたの!?」


 美雪ちゃんが困惑したように叫ぶ。


「いや……」


 おれは眼前のそれを見据えた。


「こいつはモンスターじゃない」


「どういうこと!?」


「いや、確かにガーゴイルっていうモンスターはいるんだけど……」


 そもそも、このダンジョンにはガーゴイルは存在しない。

 さっき感じた異質な魔力の正体はこいつだった。


「こいつはガーゴイルを真似てつくられた魔具だ」


 いつか皐月さんの『ガリバー』で、姫乃さんが狼型モンスターと勘違いしたものと同じだ。


「どうしてそんなものがあるのさ!」


「それはわからない。ただ、この魔具はモデルのモンスターと同じ性質を持つ」


「同じ性質?」


「ガーゴイルはダンジョンの守り人だ。特別な通路や、守るべき宝。それらに関係する特定のスイッチによって活動を開始する」


「つまり、なにかを守ってるってこと?」


「たぶんね。これはいよいよ、おれたちは例の宝箱に近づいていると思う」


 と、後方でにこにこ笑っている陽子さんを見た。


「……あの、陽子さん」


「なあに?」


「いまので、遠回しに説明を要求したつもりなんですけど……」


「説明って?」


 おれはガーゴイルを指さした。


「……これ、陽子さんが置いたものですよね?」


「あら。バレちゃった?」


 なんでバレないと思ったんですかねえ。


「おれが現役のころは、こんなものなかった。この宝箱を探しているときに現れたってことは、やっぱりそれに関係があるんじゃないですか?」


「そうねえ。たぶんそうだったわ」


「じゃあ、これを止める方法も知っていますよね?」


 うーん、と可愛らしく考えて。


「忘れちゃった☆」


 美雪ちゃんが、にこっと笑って盾を構えた。


「よし。殴ったら思い出すかな」


「わあーっ! 美雪ちゃん、待った待った!」


 こんなところで家族の流血沙汰は勘弁してください!


「陽子さん、本当に思い出せませんか?」


「だって、もう何年も前のことだもの。覚えてたら宝箱もすぐ見つけてるわ」


「……そうですか」


 まあ、こういうひとだって知ってたわけなんだけど。


「とにかく、こいつを止めなくちゃ話にならない。陽子さんも手を貸してください」


「はあーい」


 言いながら、彼女はポシェットに手を突っ込んだ。

 そして取り出したのは、一束のタロットカードだった。


「いっくわよー」


 それを宙にばらまいた。

 不思議な力で宙に浮くと、ぐるぐると彼女の周囲を旋回していく。

 そのカードの魔力が、どんどん高まっていった。


「え。ちょっと待っ……」


「とりゃー」


 そして、一枚のカードが宙に掲げられる。



 ――『塔』!



 その瞬間だった。

 おれたちの足元に大穴が空き、真っ逆さまに落ちていったのだった。

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