28-5.因縁というにはほど遠く


 おれはぐっと目を凝らした。


「……ここも感じませんね」


 おれたちは『未踏破エリア』の第二層から、降りる階段を目指して進んでいた。

 美雪ちゃんが前方を警戒しながら進み、陽子さんとおれが後方を監視する。


「まったく思い出せませんか?」


「そんなに深くはなかったと思うのよ? ほら、ここって普段はお客さんを入れない場所だったから」


「そりゃそうですけど、もうちょっとこう……」


「あら、これ」


 彼女はふと、壁に走り寄った。


「なにか思い出しましたか?」


「ここ、見てー。ほら、相合傘ねえ」


 岩にナイフかなにかで『ヨシヒコ/マイコ』と刻まれている。


 いや、誰やねん。


「……あの、ふざけてます?」


「あら。祐介くんは恐いわあ。もうちょっとリラックスしましょうよ」


「あの、ここ『未踏破エリア』なんですけど……」


「高校のころは陽子さん陽子さんって懐いてくれて可愛かったのに。あぁ、これが大人になるってことなのねえ」


「い、いや、あの、そのことは姫乃さんには……」


「あら。どうして?」


「そ、それは……」


 おれが口ごもったとき、ふと後ろから鋭い声が響いた。


「マキ兄、伏せて!」


 反射的に陽子さんを抱きかかえて地面に押し倒す。

 その上を美雪ちゃんが飛び越え、盾でなにかを弾いた。


 そして銃を取り出すと、銃身を暗闇へと向けた。


 ――ズドンッ!


 その銃声とともに、モンスターの悲鳴が聞こえた。

 同時に、場がシーンと静まり返る。


「……やった?」


「……仕留め切ってはないかな。でも逃げたと思う」


「そっか。とにかく警戒を……」


 と、なぜか彼女がじとーっとした目で見てくる。


「な、なに?」


「……いつまでそうしてる気?」


 え?


 気がつくと、陽子さんを組み敷いたままになっていた。


「す、すみません! 大丈夫ですか!」


 慌てて彼女を起こした。


「やだわあ。年甲斐もなくドキドキしちゃった」


「…………」


 ほんと緊張感ねえなあ。


 と、襟をぐいっとうしろに引かれる。


「マキ兄!」


「な、なんだよ……」


「お母さんに構っちゃダメ! このひと、すぐ調子に乗るんだから!」


「べ、べつに構ってないだろ」


「嘘つきなよ! マキ兄、ぜんぜん集中できてないじゃん!」


 図星すぎてなにも言えねえ。


「いや、その、最近こっちに戻ってきてさ、溜まってた仕事の消化が忙しくて……」


「うそ」


「いや、嘘じゃ……」


「どうせお母さんと久しぶりに会ったから、舞い上がってるんでしょ」


 ぎく。


「な、なんで、そんなこと……」


「知ってるんだよ。マキ兄の初恋、お母さんなんでしょ」


 ぐはあっ!


「え、えーっと、美雪ちゃん。それ、どこで?」


「中学のときから。わたし一応、寧々さんたちよりマキ兄とつき合い長いんですけど?」


「…………」


「他にも知ってるよ。マキ兄さ、高校のころはディフェンダーやりたがってたよね。それ、お母さんを守るためにとか青臭いこと……」


「わ、わあ――――っ! ストップ、ストップ!」


 このまましゃべらせたら、とんでもないことまで言われそうだ。


「あの、姫乃さんには……」


「…………」


 彼女はハアッとため息をつくと、さっさと歩いて行った。


「バラされたくなかったら、真面目にやってね」


「……はい」


 隣に目をやると、陽子さんがくすくす笑っている。


「うふふ。思い出すわあ。あのラブレター、まだタンスにあるもの」


「……はやく捨ててくださいよ」


「いやよ。わたしの宝物のひとつなんだから」


「…………」


 神さまお願いします。

 どうか姫乃さんと川島さんには見つかりませんように。


 そんなの知られたら、命がいくつあっても足りやしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る