28-4.探索開始


 おれたちはダンジョンに降り立った。


「……マキ兄。大丈夫?」


「あぁ、前よりはずっと平気だよ」


 このエリアに近寄っただけでも息苦しかったのに、けっこう平気だから不思議なものだ。


 ……まあ、あれからいろいろあったからな。

 身体がダンジョンの空気にも慣れたのかもしれない。


「……ていうか、陽子さんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫って?」


「いや、だってしばらくダンジョンなんて潜ってないでしょ?」


「そうねえ。かれこれ10年ぶりかしら」


 そんな彼女の装備は、古びた杖が一本だけ。

 陽子さんはふんわり微笑むと、それをくるくる回して見せた。


「大丈夫よう。いざとなれば祐介くんが守ってくれるから」


「……善処します」


 ――ドスッ


 ぐえっ。


 なぜか美雪ちゃんから脇腹を小突かれる。


「な、なに?」


「マキ兄。あまりお母さんを甘やかさないで」


「いや、甘やかすってなんだよ」


「ほんとにー? マキ兄。昔からお母さんの頼みはハイハイ言ってるじゃん」


「いや、気のせいだって……」


 ……さすがというべきか、こういう勘は鋭いんだもんなあ。


 おれはコホンと咳をすると、本題に入った。


「でも、とりあえずどこを目指すの?」


 この広い『未踏破エリア』を、片っ端から探すというのは無茶だ。

 さすがにトワイライトドラゴンのいる最深部に隠したということはないだろうけど。


「えっとね。一応、手掛かりがないわけじゃないの」


「そうなの?」


 美雪ちゃんが、ごそごそとポケットから何かを出した。


「……写真?」


 それは古ぼけた写真だった。

 それには若かりし頃の川島夫妻と、ぴかぴかのこの店が映っている。

 二人に抱かれているのは、まだ幼い美雪ちゃんだ。


 たぶん、この店を開店させたときのものだろう。


「うわ、若いですねえ」


「あら。いまだって若いつもりだけど?」


 うん、あなたはそうでしょうね。


「これがどうしたの?」


「裏を見て」


 くるりと裏返してみる。


『打ち捨てられし記憶に財宝は眠る』


 消えかかったインクの文字で、そう書かれていた。


「……なに、このRPGの暗号みたいなの?」


「お母さんの話だと、これが例の宝箱の場所なんだって」


「いや、なんでこんなわかりづらい言葉で?」


 もうちょっとこう、何層のどこどことかさ。


 すると陽子さんは、自信満々に答えた。


「だって、そのほうがロマンがあるでしょう?」


 ソーデスネ。


「……美雪ちゃん。手掛かりってこれだけ?」


「う、うん」


「無茶だよ! そもそも川島さんも忘れてるのに、おれが探せるわけないだろ!」


「そ、そこをなんとか! マキ兄の『トレーサー』なら、もしかしたら魔力を追えるかもしれないじゃん!」


「いや、うーん……」


 まあ、やってみないことはないけど。


「……あんまり期待しないでよ」


 おれはその写真の端をぺろりと舐めた。


 ――『トレーサー』発動


 おれの視界には、なにも変化が起きない。


「……少なくとも、このフロアにはなにも感じないな」


「じゃあ、次のフロアに行ってみようよ」


「え。もしかして、一層ずつやるの?」


「当たり前じゃん! うちの店が潰れるかの瀬戸際だよ!」


「……そうだね。まあ、ちょっとくらいなら」


 これは、長くなりそうだ。

 おれはため息をつきながら、美雪ちゃんのあとをついて行った。

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