主任、ただの尻拭いですよ(前)

28-1.彼女は嵐とともに


「お先でーす」


 仕事終わり。

 おれは居残り組に挨拶すると、オフィスを出た。


 会社を出たところで、ぐっと伸びをする。


 あー。

 やっぱ古巣がいちばんだよなあ。


 東京に戻って一週間。

 溜まっていた仕事もやっと片付いてきた。


 しかし、ハナはうまくやってるだろうか。

 まあ、源さんのことだから心配はしていないけど。


 と、駅へ向かっているときだった。


「祐介くん」


「あ、姫乃さん」


 うしろから姫乃さんが小走りに向かってくる。


「もう、待ってなさいよ」


「あれ。今日は定時上がりですか?」


「そうよ。最近は忙しかったから、久しぶりだわ」


 きょろきょろと周囲を確認する。

 姫乃さんとつき合ってるのは、同僚たちには秘密だからな。


「……あー。じゃあ、メシでも食っていきます?」


「そうね。あ、この前、テレビで出てたところが……」


 そのとき、携帯が震えた。


「あれ。美雪ちゃんからだ」


 ぽちぽち操作をして、おれはそのメッセージに眉をしかめる。


『マキ兄、help!!』


 姫乃さんが覗き込む。


「どうしたの?」


「さあ?」


 返信を打つ。


『どうしたの?』


 待つこと、数十秒。


 ピロリン。


 どれどれ……。


「……え」


 おれはそのメッセージに固まった。


「どうしたのよ?」


「あ、いや、その……」


 おれは携帯の画面を彼女に見せた。



『――お母さんが帰ってきた!』



 …………

 ……

 …



『KAWASHIMA』を訪れたおれたちは、その状態に呆然としていた。


 いつもと変わらないたたずまい。

 しかし電気は点いておらず、その入り口には一枚のテープが。



『差し押さえ物件』



 姫乃さんが呆然としている。


「……ど、どういうこと?」


「あー。やっぱ、こうなりましたかあ」


「や、やっぱりってどういうことよ!」


「いや、まあ、なんというか……」


 そこへ、美雪ちゃんが走ってきた。


「マキ兄!」


「あ、美雪ちゃん。大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ! 見ればわかるじゃん!」


 そうでした。


「えっと、川島さんは?」


「…………」


 渋い顔で『KAWASHIMA』の中を指さした。


「こんにちはー」


 店内に足を踏み入れると、川島さんがぐったりとうなだれている。

 その周辺にはビールの空き缶やらなにやらが散乱していた。


 うわあ、今回はなかなかきてるなー。


 胡乱うろんな目が、こちらを見る。


「……よう」


「どうも。陽子さんは?」


 くわっと目を見開くと、空き缶を握りつぶして叫んだ。


「ふざけるんじゃないぞ! この店は、おれの店だあ――――っ!」


「どうどう。落ち着いてください」


 姫乃さんがすっかり怯えている。


「ね、ねえ。なんなの?」


「あー。川島さんの奥さんが帰ってきたんですよ」


「……さっきもそう言ってたわね。そういえば、お会いしたことなかったけど」


 美雪ちゃんがため息をつく。


「……お母さん、放浪癖があるの」


「放浪?」


「旅行好きなんだけど、度が過ぎて一年や二年帰らないことが普通っていうか……」


「えー……」


 まあ、美雪ちゃんも自立しているし、問題はないといえば問題はない。

 ただし、厄介なのがもうひとつの癖のほうで……。


「――あら?」


 そのとき、ふんわりした声が奥のほうから聞こえた。

 目を向けると、そこにはふわふわした感じの可愛らしい女性が立っていた。

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