27-完.そういうことで
目を覚ましたとき、ひどい既視感があった。
ここは源さんの家で、おれは布団に寝かされている。
……あれ。
どうなったんだっけ。
確か蝶のスキルを食らいすぎて、意識を失……っ。
「そうだ、みんなは……!」
身体を起こそうとしたが、すぐにへなへなと布団に倒れた。
「……あれ?」
と、そこで襖が開いた。
「あ、起きたんですか」
お盆におかゆをのせて、佐藤さんが顔を出した。
うーん。これも既視感……。
「まだ寝てなきゃダメですよ」
「……どうなったの?」
「牧野さんが倒れたあと、魔晶石を回収して連れ帰りました」
「帰りは問題なかった?」
「はい。源氏さんに『エスケープ』つないでもらってたんで」
「……ならいいんだけど」
しかし、まさかここまで効くとは思わなかった。
まあ、姫乃さんたちに被害がなかっただけよしとするか。
あ。
「そういえば、姫乃さんは?」
「帰りました」
「……帰ったの?」
「はい。牧野さんの目が覚めるの待ってたんですけど、飛行機の時間だからって……」
時計を見ると、すでに午後六時を回っていた。
確か飛行機は、七時とか言ってたな……。
「…………」
いやまあ、わかってたけどね。
でも、なんかすげえ寂しいんですけど。
「食べれますか?」
「あー。少しだけ」
そういえば姫乃さん、皐月さんからの依頼はどうしたんだろ。
できれば、そのことについても話しておきたかったんだけど……。
と、ふいに佐藤さんが言った。
「あのモンスターのこと、源氏さんに報告したんですけど……」
その言葉に、どきりとした。
「……あのモンスターって?」
「え。蝶のことですけど……」
「あ、あー。そっか、そうだよね」
……ハナのことじゃなかったか。
「あのモンスター、たぶんこっちの戦術を学習してましたよね」
「あ、やっぱそう思う?」
「数が増えたり、行動が変化したり。一応、源氏さんがハンター協会に報告するって言ってましたけど……」
「そっか」
じゃあ、そのうちハンター協会のほうから誰か調査に来るかな。
「……気にならないんですか?」
「まあ、それはおれたちのやれる範囲を超えてるからさ」
「…………」
佐藤さんがふいに言った。
「あの、さっきの話なんですけど」
「え?」
「ほら、ギルドに入ってほしいって」
「あー……」
おれは素直に告げた。
「ごめん」
「どうしてですか? うちのギルドに入れば、バックもそれなりに……」
「お金の問題じゃなくてさ。おれは、もう本気でダンジョンに潜るつもりはないんだ。あくまでほら、趣味でやってるだけだから」
「……そうですか」
それ以上の追及はなかった。
そのあと、微妙に気まずい沈黙が流れる。
……こういうとき、ハナがいてくれればなあ。
あいつ、どこ行ってるんだ?
と、佐藤さんが切り出した。
「……あの、よかったら今度、いっしょにダンジョン行きませんか?」
「え。でも、おれは……」
「そ、そういう意味じゃなくて。ほら、牧野さんのスキルとか学びたいし……」
「あ、あー。まあ、そういうことなら……」
東京に戻るまで、あと二週間以上あるしな。
「まあ、その前に体調を戻さないと。明日の仕事、大丈夫かなあ」
「源氏さんの話だと、栄養とって寝てれば明日の朝には治るらしいです」
「そっか」
「ただ……」
うん?
「……ちょっと鱗粉を浴びすぎたので、身体に後遺症が残るかもって」
「え……」
ちょっと穏やかではない言葉に、おれは戸惑う。
「ぐ、具体的には……?」
「えっと、慢性的な疲労感とか、眠気とか、あとはその……」
ちら。
「……とか?」
「…………」
その視線の意味を察した瞬間、だらだらと冷や汗が流れ出す。
「ちょ、ちょっと、席を外してもらえないかな。確かめたいことが……」
「で、でもその体調では……」
「だ、大丈夫。こちとら二十年以上も男やってるんだからさ」
って、なに言わせるんだよ。
「あ、あの」
「な、なに?」
「よければ、その、わたしがお手伝いを……」
「え!?」
「ま、まずいでしょうか」
「ま、まずいと思う。ほら、おれ彼女が……」
「大丈夫、大丈夫。心はあとからついてくるってお母さんが言ってましたんで」
なにも大丈夫じゃないね!?
「わ、わたしこういう経験ないですけど、頑張りますから!」
「待った、待った! ていうか、どうして?」
「こんな地方暮らしで新しい出会いなんてあるわけないじゃないですか! わたしだって都会の格好いい彼氏ほしいんです!」
清々しい本音をいただきました!
「いや、そういうのはほら、やっぱり本当に好きなひとと……」
「大丈夫です! わたし牧野さんのこといいなーって思ってるんで!」
「あ、そ、そう?」
ま、まあ悪い気はしないけどね。
……じゃねえよ。
「牧野さん、はやく確かめないと大変なことになるかもしれませんよ!」
「だ、だからひとりで……!」
うーん。
さっきから、なんか既視感が……。
――ガラッ!
「祐介くん! やっぱり心配だから明日の朝一で、帰る、こと、に……」
おれたちは固まった。
室内なのに、ひゅーっと木枯らしが吹いたような気がする。
姫乃さんはしばらく、じっとおれたちを見ていた。
やがて無言のまま、そっとおれの枕元に膝をつく。
「……あ、あの、姫乃さん」
「なに?」
「言い訳を、聞いていただけますでしょうか」
彼女はにこりと微笑むと、そっと右手を上げた。
「却下」
……ですよねー。
おれは彼女の平手が迫ってくるのを、どこかスローモーションで見ていた。
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