26-完.三つ巴の戦いへ


 ちゅんちゅん。


 カーテンの隙間から、眩しい朝日が射し込んでいる。


「……う」


 おれはぼんやりと目を開けた。


 あぁ、そうだ。

 今日は日曜日だ。


 源さんのクエストを受ける日だ。

 気乗りはしない内容だったが、『風神』を安く譲ってくれた借りもあるしな。


 しかし、いま何時だ?

 おれは携帯を探して、手をもぞもぞと動かした。


 ――むに。


 うん?

 手のひらが、なんか柔らかいものを掴んだ。


 むにむに。


 なんだ、これ。

 それを確かめるために、もう少し丹念に触ってみる。


 むに、むに。


 少なくとも携帯ではない。


 あー……。

 これは、あれだな。


 まずいパターンだな。


 おれも馬鹿じゃない。

 そしてこの感触が、昨日のものとはまったく違うことにも気づいている。


 このボリューム感、最高だ。


 そしておれの隣で寝ているのは、もちろん姫乃さんしかいない。


 いや、待て。

 昨日はハナが相手だからまずかった。

 しかしいま、おれと姫乃さんは恋人同士。


 となれば、なにも恐れることはない。

 堂々と知らないふりをしていれば――。


「……牧野。あんたねえ」


 その口元が、ぴくぴくと引きつっていた。

 もちろんアレだな。

 MB5マジでブチキレる5秒前だ!


 ちなみに会社でこの顔を見たら、みんなが即行で逃げてく。

 いくら恋人でも、勝手に触ってはいけないよね!


「えーっと、姫乃さん、これは、えっと、事故、そう、事故です」


「…………」


「いや、ほら、ていうか、ね? おれたち、もう恥ずかしがるような関係じゃ……」


 その右手が、そっと上げられる。


 うん、知ってた!


「赤毛っ子がいるのに、なにやってんのよ――――!」


「ぎゃああああああああああああああああ」



 …………

 ……

 …



「……どしたの?」


「なんでもない」


 おれは左頬にある見事な紅葉マークを手で隠した。

 姫乃さんを見るが、ぎろりと睨みつけられる。


 ……うわーん。

 恋人ってほら、もっとこう……。


『やだ、祐介くん。ダメよ』


『いいじゃないですか』


『ほんと、あんたって好きね』


『姫乃さんだって、こんなに……』


『もう、それは言わないで』


 って甘い感じじゃないのかよー。


 まあ、恥ずかしがりのこのひとに、そんなの求めるほうが間違ってるんだけど。


「……じゃあ、行きましょうか」


 おれたちは準備を済ませると、源さんの家に向かった。


「ていうかあー。結局、あの蝶はどうすんだし」


「あー、あれなあ。なんか源さんから連絡きてて、助っ人を呼ぶってさ」


「助っ人ぉー?」


「こっちのギルドのリーダーで、鑑定スキルを持ってるらしい」


 そのひとに蝶を鑑定してもらって、その弱点を探るらしい。

 まあ、いまのままじゃ手の出しようがないからな。


 ……ていうか、よく源さんにギルドの知り合いなんていたよ。

 いや、ほら、人見知りがすごいひとだからね。


「あの、姫乃さん?」


「なに?」


「ひ、飛行機の時間は?」


「……七時よ」


「わ、わかりました」


 まあ、昼過ぎに出れば間に合うかな。


 おれたちは源さんのダンジョンに潜ると、そのまま工房へと向かった。

 さっき連絡を取ったら、例の助っ人はすでに到着しているらしい。


 と、その前に、だ。

 あまり空気が悪いままじゃ、その助っ人にも悪いからな。


 頑張れ、牧野祐介!


 さっさとハントを乗り切って、少しでも姫乃さんと楽しいヒトトキを――。


「あ、源さん!」


 彼女は金床から立ち上がると、微かに警戒しながら挨拶してきた。


「……いらっしゃい」


「あの、例の助っ人は?」


「……あっちにいる」


 そう言って、彼女は向こうの洞窟へと呼びかけた。


「佐藤ちゃん」


 すると、そのか細い声に反応する声があった。


「……ハア。やっと来た。助っ人より遅いとか、まったく舐めてんじゃないのかなぁー」


 その姿を見て、おれはぎょっとした。


「……じゃ、紹介する。ギルド『どさんこ』のリーダー。佐藤ちゃん」


 すると佐藤という女性は、眉間にしわを刻んだまま言った。


「チース。わたし今日、ちょっとイラついてるんでえー。足引っ張んないで、く、だ……」


 彼女の言葉が、徐々にしぼんでいった。


 やがてぽかんとした顔のまま、おれの名を呼んだ。


「……ま、牧野さん?」


「ど、どうも」


 おれは佐藤さん――同僚のOLさんに挨拶を返す。


 ……無事に、乗り切れるかなあ。

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