26-6.明日はダンジョン


「――と、いうことがあってね」


「は、はあ」


 そういえば、姫乃さんや寧々の記憶は戻していないんだった。


「……大丈夫なのかな」


「なによ。わたしをのけ者にする気?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど……」


 おれは彼女の目を見つめた。


「姫乃さんには、危険な目には遭ってほしくないから」


「ゆ、祐介くん……」


 彼女は少し頬を赤らめて、潤んだ瞳を向けてくる。


「いまさらじゃない?」


 ……ソーデスネ。


 せっかくひとがいいこと言ってるのにこれだ。

 このひと、仕事以外では本当に空気読んでくれないよなあ。


 おれがこっそり拗ねていると、ふと彼女が肩を寄せてきた。

 その距離に、思わずどきりとしてしまう。


「でも、それを言うなら、わたしも同じよ」


「え?」


 すると彼女は、そっと目を背けながら言った。


「……祐介くん。目を離すと、すぐ危ないことするんだもの。わたしに心配かけたくなくて言わないんだろうけど、なにも知らずに待つほうも辛いんだから」


「……姫乃さん」


 彼女はふと、手を重ねてくる。


「ねえ。ひとつ聞かせて」


「なにを?」


「どうして、この赤毛っ子の面倒を見てあげてるの?」


「それは、源さんが……」


「でも、それはあんたの責任じゃないでしょ?」


「…………」


 おれがぎゅっとこぶしを握った。


「こいつが棲み処を追われたのは、おれのせいなんです」


「え?」


「夏におれとアレックスが、エレメンタルを守るために戦った話はしましたよね?」


「え、えぇ」


「こいつが、そのラミアなんですよ」


 あまり言いたくないことだ。

 おれ自身、まだ自分の中で折り合いをつけられそうにない。


 あのときは無我夢中だった。

 でも自分の行いのせいで、誰かが不幸になっている。

 そんなこと、これまで考えたこともなかった。


「あのときはおれ自身の都合で、カンテラの味方をしました。でも、よく話し合うことができたら、もっと他の解決方法もあったんじゃないか。いや、そもそもおれたちが介入するべきじゃなかったんじゃないか。……最近はそう思うと、眠れないときもあります」


「…………」


「だから、せめてこいつに、なにかできないかと思ってるんです」


 姫乃さんはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。


「皐月さんにね。もしこの子みたいな存在に出会ったら、どうすればいいか聞いたの」


 そう言って、手を重ねてくる。


「――優しくしてあげるといいって」


「……え?」


「こんな小さな子が、それまで暮らしてきた場所から追い出されるなんて、辛いに決まってる。だから、もし危ない子じゃなければ、手を差し伸べてあげるのは悪いことじゃないって言ってたの」


「…………」


「あんたは、間違ったことはしていないわ」


「……はい」


 ほんと、空気読めないくせにこういうところは決めてくるから参るよな。


 おれは気恥ずかしさから、誤魔化すように顔を背けた。


「……ま、明日も早いんで。もう休みましょうか」


「そうね。久々のダンジョン、楽しみだわ」


「……やっぱり潜るつもりなんですね」


「そりゃそうよ。その赤毛っ子も見張っとかないと」


 とか言って、本当は自分が潜りたいだけのくせに。


 おれたちは笑い合うと、明日のために眠りについた。

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