26-5.三日前のこと


 皐月さんの店のダンジョン。


「――姫乃ちゃん。気分はどうだい?」


 皐月さんはわたしの額から手を離して言った。

 頭がくらくらとしているけど、次第に記憶の靄が晴れていくようだった。


「まだ、ちょっと……」


「わたしはあまり解呪スキルが得意じゃないからね。まあ、しばらくは違和感が残るかもしれないよ」


 そう言いながら、皐月さんはタバコに火をつけた。


 一週間ほど前から、鈍い頭痛を感じることが増えた。

 そのことを寧々さんに漏らしたときに、なぜかここに来ることを勧められたのだ。


「でも、あんなことが……」



 ――巨大なカマイタチを従えるハーピィの少女。



 それはずっと前に『KAWASHIMA』で遭遇した記憶だった。


「……人型モンスターについて漏らすことは、協会から目をつけられることにつながる。いいね。誰にもしゃべってはいけない」


「じゃあ、どうして記憶を?」


「あのまま放っておくと、拒否反応で身体が壊れてしまう。まったく、雑な記憶封印しやがって……」


 忌々しそうに舌打ちした。


「……皐月さんは、慌てないんですね」


「まあ、わたしは現役のころに何度も会ってるからね」


「亜人って、もしかして多いんですか?」


「いや、珍しいよ。ただ、いまはそれなりに協定関係が結べているし、こっちにもアドバイザーがいるからね」


「アドバイザー?」


「おっと、いけない。これ以上はダメだね。まあ、そんなわけだから、もし遭遇した場合は、できるだけ近づかないこと。そして、すぐにわたしに報告してね」


「は、はあ」


 なんだか消化不良だけど、危ないと言われた以上はしょうがない。


「それで、わたしに頼みたいことって?」


「あぁ、そうだった、そうだった。いま、牧野坊って北海道なんだろ?」


「え、えぇ。どうしてそれを?」


「古い友人が教えてくれたんだ。なんか、また面倒なことに首を突っ込んでるみたいだねえ」


「面倒って、ダンジョンの?」


「まあ、ねえ。なんでも、ラミアの『祖霊返り』と接触したみたいでさ」


「その『祖霊返り』って?」


「あー。なんて言うか。まあ、人型モンスターが人間になっちゃった感じかな。魔素が必要ないからこっちにも来れるし、逆に食事や睡眠が必要になるんだけどね」


「え。それは言って大丈夫なんですか?」


「ぎりぎりセーフ」


「……そ、そうですか」


 その基準がよくわからない。


「それ、危ないんですか?」


「うーん。微妙」


「微妙?」


「個体によるんだよね。『祖霊返り』はだいたいコミュニティから追い出されるんだけど、その理由によっては一族から命を狙われるから。もし牧野坊に接触しているやつがそんな事情を抱えてたら、ちょっと危ないかな」


「でも、祐介くんとは関係がないんじゃ……」


「でも、あいつはそういうの放っておけないタイプだからなあ」


「……そうですね」


 すると、彼女は一通の封筒を差し出してきた。


「というわけでね。本来はわたしが行って、そのラミアが危険かどうか調査しなきゃいけないんだよ。でもまあ、ちょうどいいのがいるしね。姫乃ちゃんも週末に北海道に行くんだろ? ついでにこれを持って行ってほしいな」


「はあ、わかりました」


 その封筒を受け取った。


「あの、そのラミアが危険だったら、どうすれば?」


「すぐにわたしに報告。すっ飛んでいくから」


「じゃあ、危険じゃなかったら?」


「うーん。そうだねえ……」


 皐月さんはタバコの煙を吐き出すと、短く言った。

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