26-4.これがジャパニーズアポロジー


 みんな、土下座って知ってるかな?


 漫画とかでもよくあるよね。

 ジャンピング土下座とか、スライディング土下座な!


 でも実は、普通の土下座だって意外に難しいんだZe!


「――聞いているの?」


「あ、はい。聞いています」


 危ない、危ない。

 あまりの緊張感に、つい思考だけがどっかに飛んでいくところだった。

 これも脳の緊急措置的なやつなのかな。


 場所はおれのアパート。

 姫乃さんは、おれの前に仁王立ちしている。


 おれはその真正面で、それはもう見事な土下座を披露していた。


 ……すっかり酔いは覚めていた。


 姫乃さんが、苛立たしそうに足踏みする。


「わたしは、あなたの言葉を信じたわ。だって、わたしがそうしなければ、誰があなたの味方であるというの?」


「はい。ありがとうございます」


「でも、あなたはわたしに嘘をついていた。これはどういうこと?」


「えっと、その、あの同僚とは、なにも……」


「そうね。あの子とはなにもなかったんでしょうね。まったく、彼女持ちの男の部屋に上がり込もうとするなんて、油断も隙もあったもんじゃない」


「じゃ、じゃあ……」


 ――ぎろり。


「その赤毛っ子の胸を触っていた、と聞いたような気がするけど?」


 うっ。


「え、えーっと、それは……」


 助けを求めて、ハナに目を向ける。


「ぐがあー……」


 大変、気持ちよさそうな寝顔ですね。

 頼むからおれの布団に垂れているよだれを拭いてください。


 テーブルに戻ったとき、すでにダウンしていたのだ。

 たぶん、おれの酒をこっそり飲んだんだろう。

 おぶって帰るの、すげえ大変だったんだぞ。


 ……いや、いまはそれどころじゃないな。

 援護が期待できない以上、ここは奥の手を使うしかない。


 やるしかねえ!


 おれは、さらに深く頭を下げた。


「こ、こちらで真偽を調査次第、返答を申し上げます」


 ――バンッ!


「ことは緊急を要します。直ちにご返答をお願いいたします」


 テーブルの上のコップが、転がり落ちた。


「…………」


 デスヨネー。


 もうこれは、事実を告げるしかない。


「……じ、事故、なんです」


「ほう?」


「えっと、おれが目を覚ましたとき、ハナの胸を掴んでいて、その、寝ぼけたまま、ちょいちょいっと……」


「ちょいちょいっと、なに?」


「さ、触っちゃった、かな」


 ぴくぴくっと、口端が震える。

 彼女は右腕を振り上げるのを、やっとのことで耐えた。


「……被告の主張通り、事故であると仮定します」


「あの、なんでいきなり裁判っぽく?」


「黙りなさい」


 はい。


 姫乃さんは、ふうっと息をついた。


「――つまり、同衾していたと?」


 ぐはっ。


「そ、それは、その……」


「あなたが答えるのは、イエスかノーです」


「……い、イエス」


 その額に、くっきりと青筋が浮かぶ。


「どちらから、なんて聞きません。問題は、あなたがそれを許していたという事実です。年頃の娘さんと、同じベッドで寝ていた。このことから被告の事故という主張も、非常に怪しいものになりますね」


「あ、あの、おれはそのことは知らなくて……」


「黙りなさい」


 はい。


 と、姫乃さんがキッチンをがさごそやっている。

 その手に握られたのは、この部屋に備えつけられていたフライパン。

 せっかくだからと一回だけ使ったときに、見事に焦がしたやつだ!


 まるでテニスラケットのように扱いながら、ビシッとこちらに向ける。


「判決を下します」


 被告の主張が丸削りですけど!


「べ、弁護人を……」


「そんなものは必要ないわ! その浮気性、ここで叩き折ってやる――――!」


「ぎゃああああああああああああああああああああ」


 姫乃さんはフライパンを振りかぶり――。



 ――ぺしっ。



「あ、あれ?」


 彼女は、手のひらで頬を軽く叩いただけだった。

 大きなため息をつくと、バッグのポケットに手を入れる。


「もういいわ」


「も、もういい、って……?」


 そして、一通の封筒を差し出してきた。


 ……あれ。皐月さんの字だ。


『ラミアの現代社会への適応に関する調査依頼書』


 ――え?

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