25-完.これはちなみに真正面


「あー。参った……」


 源さんの家に戻ると、おれは居間のほうで布団に寝かされていた。

 あの蝶のスキルの効果が意外に強く、アパートに帰る元気もないのだ。


「だ、大丈夫かよ」


「まあ、身体がしんどいだけだから。一晩も寝たら回復してるだろ」


 こういうスキルは、回復スキルでも治せないのが厄介だ。

 まあ、寝てれば治るから楽っちゃ楽だけど。


 ふと、携帯に着信があるのに気づいた。

 なんとか指を動かして確認すると、姫乃さんからだった。


 ありゃ。五件も入ってるな。

 そういえば、あれから連絡してなかったし、すげえ怒ってるんだろうなあ。


 ……どうしよ。


 すると、居間のふすまが開いた。


「……調子はどう?」


 源さんが顔を覗かせる。

 その手には、おかゆの茶碗があった。


「あー。まあ、少しは動くようになったかな」


「……今日は、休んでいって」


「すみません」


「……ううん。わたしの依頼したことだし」


 おかゆを受け取ろうとするが、いまいち手に力が入らない。


 と、ハナがそれを受け取った。


「あ、あたしが食わせてやるし」


「え。いいの?」


「な、なんだよ! 不満なわけ!?」


「いや、言ってないだろ……」


 さっきのがあった手前、なんか怖いんだよなあ。


「じゃ、じゃあ、行くぞ……」


「う、うん」


 なんでそんなに力んでんだよ。

 こっちもなんか緊張してしまうだろ。


「あ、あーん、するし」


「あ、あーん」


 なにこれ、こっ恥ずかしい。

 と、源さんがなぜかジト目で見ている。


「な、なんでふか?」


「……ずるい」


 なにが!?


 そのときだった。


 ――ピンポーン。


「あれ。お客さん?」


「……出てくる」


 源さんが居間を出て行くと、微妙に気まずい沈黙が残った。


 うーん。

 あんなことのあとだし、話しづらいというか……。


「……ていうかさあ」


「な、なに?」


「あの蝶って、芋虫の進化したやつっぽいじゃん?」


「そうだなあ」


 まさか、あんな感じで形態変化するモンスターがいるとはな。

 確かに、そういうのがいるのも当然といえば当然のような気もするけど。


「……おまえ。大丈夫なわけ?」


「なにが?」


「いや、ほら、あの芋虫に食われると、ほら……」


 え?


 そういえば、と思い出す。


 ――そいつに食われると、性欲吸われるから!


「…………」


 おい。

 てことはあれか?


 あの鱗粉の体力を奪う効果っていうか、もしかして……。


「だ、大丈夫っしょ。機能不全とか、治せるらしいし……」


「おま、不吉なこと言うんじゃねえよ!」


「で、でも、そういうことっしょ……?」


「いや、まあ、え……」


 う、うそだろ。


「ど、どうしよ……」


「た、確かめればいいじゃん!」


「でも、どうやって?」


 生憎と、おれは身体がうまく動かない。

 こんな状態で、そんなこと確かめることは……。


「……わ、わかったし。そもそも、あたしを守った、せい、だし?」


「は?」


 するとなにかを決意したように、ハナがそっとセーラー服のジッパーをつまむ。

 ジジジ、とそれを上げながら、上着の裾に手をかけた。


「お、おい。なにを……?」


「ほ、ほら、こうすると、オトコは、その、だろ?」


 理屈としてはそうなんだけどね!


 そうして顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声でつぶやく。


「せ、セキニン、とれよなあ……!」


 ぐはあっ。


 こんなとこ、源さんに見られたら……!


 そのときだった。


「――祐介! 大丈夫なの!?」


 ――え?


 ふすまが開いた瞬間、場が凍りついた。

 顔を出したのは、東京にいるはずの姫乃さんだったのだ。


「え。姫乃さん? なんで?」


「アパートが留守で、美雪ちゃんに聞いたらたぶんこっちだって、――あら?」


 そこでやっと、彼女はこの惨状に気づいた。


 布団に寝るおれと、セーラー服を脱ごうとしている少女(ハナ)。


「……あの、これには、ちょっと理由が」


 冷や汗が止まらない。


 すると姫乃さんが、ゆらりと顔を上げた。

 その表情は、まるで菩薩のように穏やかな笑みを浮かべている。


「……大丈夫、わかってるわ」


「え?」


「あんたが自分から、そういうことをするひとじゃないって知ってるから」


 ひ、姫乃さん!


「そ、そうですよ! これには訳が……」


「どうせ、いっしょにダンジョンに潜ってたんでしょ? あんたのことだもの。その気はなくともモテちゃうものね。ちゃんとわかってる」


「姫乃さん……」


 不覚にも、じーんとしてしまった。


 おれは、馬鹿だ。

 姫乃さんは、こんなに信頼してくれている。

 それなのに、彼女が話も聞かずに怒り出すなんて考えて……。


「……でもね」


 ぎろり。


 その瞬間、彼女の背後に禍々しい影がふき出した。

 まるで彼女の額に、鬼の角が生えているような幻覚が……。


「ほんとに手を出すのは違うでしょうがああああああああああああああああ」


 最後の最後で、わかってくれてねええええええええええええ。



 ――ばっちーん。


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