25-6.なんかのサナギじゃない?


「くそっ!」


 とっさに片手剣を構えると、それを蝶の羽に向かって振り下ろした。


 この至近距離ならば、外すことはない。

 羽を切り裂くと、やつの機動力を奪った。


 蝶は羽をばたつかせながらも、そのまま地面に落下した。


「だ、大丈夫かよ!?」


 ハナがおれを抱え起こす。

 おれは自分の身体に力を込めるが、その動きは錆びついたように鈍かった。


「あー。……ちょっと、もう動けない」


「む、無茶すんなよ!」


 せっかく助けたのに、怒られてちゃ割に合わないな。


 と、それよりも……。


「はやく、止めを……」


「わ、わかった!」


 ハナは片手剣を構えると、蝶のモンスター核を突き刺した。

 やつは痙攣しながら、やがてぴくりとも動かなくなる。


「……よし。もう大丈夫だ。魔晶石を回収してくれ。おれはもう、動けない」


 すると彼女は片手剣を持ったまま、ふとこちらに向いた。


「……そういえば、ここって、誰もいないんだっけ?」


「え?」


 ハナが、にいっと笑った。


「……おい。なにを」


「…………」


 彼女はそのまま、刃をこちらに向ける。


「よく考えたらあー? あたしがこんな目に遭ってるのって、あんたのせいじゃなかったっけえー?」


 その明るい表情とは裏腹に、その声色は冷たかった。


「お、おい。冗談だろ?」


「冗談じゃねえーし。あんたがいなけりゃ、里を追い出されることもなかったし? その礼はしなくちゃなって思わねえ?」


「……そんなことをすれば、ハンター協会が黙ってないぞ」


 ハナは声を上げて笑った。


「あんた、本当にお人好しっていうかあー? ここはダンジョンっしょ? あんたの死体くらい、いくらでも隠す場所はあるじゃん?」


「…………」


 おれは武器に手を伸ばそうとするが、ハナの脚に踏まれる。


「ま、そういうことでえー?」


 エレメンタルの光を反射しながら、刃がゆらりと振りあがった。


「バイバァーイ」


その刃が、まっすぐ振り下ろされた。



 ――ズンッ!



「…………。あれ?」


 おれはそっと目を開ける。

 剣の刃は、地面に刺さっていた。


「……って思ったんだけどおー。やっぱやめとこっかなあーって」


「え?」


 ハナが嬉しそうに顔を近づけてくる。


「ビビった? ビビったっしょ?」


「……な、なにがしたいんだよ?」


 ふざけるにしては質が悪い。

 おれが必死に起きようとしていると、彼女がその手を取った。


「ほんとはぶっ殺してもよかったんだけどおー。さっき助けてくれたし、それでチャラにしてやるっていうかあー」


「……それなら、そう言えばいいだろ」


「わかってねえなあー」


「なにがだよ?」


「あたしがほんとに敵だったら、どうするわけ?」


「え……?」


 ハナのまなざしは、真剣なものだった。


「あんた、ちょっとお人好しすぎっしょ。マスターも言ってたけど、警戒心が足りないっていうかあー」


「…………」


 なにも言えなかった。

 確かに昔のおれなら、ハナのような存在といっしょにダンジョンに潜ったりはしなかっただろう。


「あんたさあ。自分で思ってるより、やばいとこに足を突っ込んでる自覚ある?」


「やばいところ?」


「あたしら七眷属の存在を知ってるってことは、それだけで危ないってこと。ま、これに懲りたら、ちょっとは自分を大事にしなって」


「…………」


 確かに、こいつの言うとおりかもしれない。


「ありがとな」


「な、なんだし? あたしはべつになにも……」


「おれのこと、心配してくれてんだろ?」


 するとハナの顔がぼっと赤くなった。


「し、してねえーし! ていうか、そういうとこっしょ! 今回はやめたけど、次は殺すかもしれないじゃん!?」


「あぁ、わかった、わかった。気をつけとくよ」


「あ! てめえ、信じてねえな! マジで殺す!」


「お、おい、危ないだろ! ていうか、それよりも魔晶石を……」


 ふと、散らばった魔晶石の間に、なにか岩のようなものが転がっているのに気づいた。


「……なんだ、これ?」


 それに手を伸ばしたときだった。


 ――ピシッ!


 ふいに、それにヒビが入る。

 その中から、触覚のようなものがにゅっと出てきた。


「……おい、これって」


「……奇遇っしょ。あたしも同じこと考えてたし」


 言っている間に、ピシピシとヒビが広がっていく。

 そして姿を現したのは、先ほどの蝶型モンスターと同じ個体だった。


「サナギだあああああああああああああああ」


 おれはハナに担がれるように、その洞窟を脱出したのだった。

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