主任、史上最大の危機が訪れます

25-1.右と左にね


 あー。

 気が重い。


 週明けに、どんな顔して会社に行けばいいんだよ。

 いや、さすがにこんなとこでクビにはならないと思うんだけど……。


 ……ていうか、東京のほうまで話がいったりしないよな?


「しけた面してんなあ」


「誰のせいだよ……」


 ハナがむっとした。


「なに被害者面してんだよ! あたしの乳揉んだのは本当だろー!」


 慌てておれは彼女の口をふさいだ。

 さすがにバスの中でしていい会話じゃないだろ。


 向こうのおじさんが、すげえ顔でこっち見てる。

 いや、おれは無実ですよ、無実。


「……ていうか、おまえだけでどうにかならないの?」


「ならねえから、あんたにも頼んでるんしょ?」


 まあ、そうか。


 そうこうしているうちに、源さんの工房にたどり着いた。

 先日と同じようにダンジョンに潜って、あの洞窟へと向かった。


「源さん、来まし……」


 おれはハッとした。

 見ると、中央で源さんがうつぶせに倒れている。


「源さん!」


 慌てて抱き起した。

 怪我はないが、彼女は気を失っている様子だった。


 いったい、なにが。

 まさか、モンスターの強襲が……!


「あー、違う、違う」


 ハナが面倒くさそうに手を振った。


「マスター、仕事終わりはいつもこんなだし」


「は?」


 ぐぎゅるるるる。


 突然、異音が響く。


「……いまの音は?」


「マスターの腹の音っしょ」


 見ると、源さんに変化はない。


「どうして?」


「マスターって、仕事中は食わないし寝ないし? 今日は先に寝たらしーじゃん」


 見ると、完成したばかりの剣が掛けてあった。

 まるで氷の剣とでもいうような、刃の透き通った諸刃の剣だ。


「え。これどうやったら起きるの?」


「んー。起きるまで待つしかないっていうか?」


「えー……」


 いや、待つしかないって。

 おれもべつにヒマというわけじゃ……。


「ん、牧野……」


「はい?」


 見ると、源さんの目が開いていた。

 あぁ、よかった。

 どうやら起きて……。


 ぐいっ。


 すると突然、彼女がこちらに腕を伸ばしてくる。

 おれの首に回ると、強引に顔を引き寄せた。


「あ、あ、あの?」


「うん?」


 ぼんやりとした瞳で見つめられる。


「ちょ、ちょっと近すぎかなーとか……」


「……なにが?」


「な、なにがって……」


 いやその、こう、アレとかコレとか。


 うーん。

 普段、けっこう素朴な格好しかしないからわかり辛いけど。

 さすが皐月さんと同い年なだけあって、まさにこう、大人の女性って感じだよなあ。


 ゲシッ。


 痛い。


「なにすんの!?」


「鼻の下伸びすぎっていうかあー」


「伸びてねえだろ!」


 と、その衝撃で、源さんが目をぱちくりさせた。


「…………」


「お、お疲れさまです」


「……うん」


 その手が大きく振りあがった。

 なにをしようとしているのか、おれにもすぐわかった。


 これは、アレだな。

 本日二回めとか、なかなかハードな一日だぜ。


 ばっちーん。



 …………

 ……

 …



「……いや、おれは悪くないと思うんですけど」


「……ごめん。つい」


 民家のほうの食卓で、おれたちはずるずるカップ麺を食べていた。

 この家には見事になにもなくて、慌てて近くのコンビニに買いに行ったのだ。


 ていうか源さん、さすが鍛えてるだけあって力が強えなあ。

 まだジンジンする……。


「それで、これからすぐ出発でいいんですか?」


「……うん」


 源さんから頼まれたクエスト。

 それは簡単に言えば素材集めだ。


 エレメンタルに近いところに散らばる魔晶石をありったけ回収する。

 いまの仕事は、それを使って武器をこさえる必要があるという。


「……おれたちだけで大丈夫なんですか?」


「……大丈夫。ここはモンスター少なくて、売りに出されてたところ」


 つまりモンスターハント経営では『売り』にならない場所だ。

 同じダンジョンでも、エレメンタルの質によってはこういう現象が起こる。


 まあ、そういうことなら大丈夫かな。

 おれはぼんやり思いながら、カップ麺のスープに口をつけた。

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