24-7.周囲のレベルが下がるとできる男に見える理論


 カタカタとメールを打っていると、隣のOLさんが聞いてきた。


「あの、牧野さん」


「なに?」


「この案件なんですけど……」


 うわ、指摘が雑だなあ。

 ていうか、これ確か岸本がやってたやつじゃん。

 あいつ、適当な仕事しやがって。


「これはね、取引先が……」


「あ、そっか」


「たまにこういうのもあるから、一応、覚えておいてね」


「は、はい!」


 ……ふう。

 おれが担当者を知ってるからよかったけど、これは新人にはきついな。


 あとで岸本にメールしておくか?

 いや、東京に戻って報告書を出さなきゃいけないから、そっちにネタにさせてもらおう。


「……あの、牧野さん」


「また変なのあった?」


「いえ、そういうんじゃなくて……」


 彼女はふと、周囲を見回した。

 それから小声で聞いてくる。


「……牧野さん、社宅のほうですよね?」


「うん。みんなと同じとこだよ」


「おひとりですか?」


「そりゃね」


 なんか、ぐいぐい聞いてくるな。


「どうしたの?」


「えっと、その……」


 彼女はふと、顔を赤らめながら言った。


「今度のお休み、ご迷惑じゃなければ……」


「うん」


「……お昼ご飯、つくりに行ってもいいですか、なんて」


 ――なぬ?


「ど、どうして?」


「あ、いえ。牧野さん、なんだか顔色が優れないようですし。お昼もよくカップ麺で済ませているし、もしかして、ちゃんとしたもの食べてないのかなって……」


 それはもちろん大当たりなのだけど。


 でも、どういう意味だ?

 おれが姫乃さんと付き合っているのは、彼女も知っているはずなんだけど。


「あ、えっと、変な意味はなくて。ただ、いつもお世話になってるお礼に……」


「あ、そ、そう。お礼にね」


 まあ、本人もそう言ってるし、決してそんな意味ではないだろう。

 ていうか、おれ、ちょっと自意識過剰すぎじゃないか?


 うーん。

 それはもちろんありがたい話だけど、いまはちょっと……。


「そ、それはどうかな……」


「あ、やっぱり、そうですよね……」


「う、うん。ごめんね。気持ちだけもらっとくよ……」


 微かに胸が痛むが、ちょっとその厚意に甘えるわけにはいかない。


 なぜなら――。


「おかえりー」


「…………」


 おれは自分の部屋の惨状に、ぴくぴくと頬を引きつらせた。


「なに、これ?」


「え? ゴミだけど?」


 見ればスナック菓子の袋が散乱している。

 菓子のクズも散らばり、もう見るに堪えない状態だ。


「おまえな! いつ帰るんだよ!」


「だってえー。うちのマスターから、ぜんぜん連絡ないっていうかあー」


「だからって、いつまでも居座るな!」


「しょうがないじゃーん。あたし、行くとこないんだしー」


 くそ……。

 こいつさえいなければ、OLさんの言葉に甘えることもできたのに……。


「あんただって嬉しいっしょ。こーんな可愛い子のパンチラとか拝めてさあー」


 そう言って、セーラー服のスカートをちらっと持ち上げる。

 本人に似合わない清純な白い布がうんぬんかんぬん。


「ふざけんな! 誰が興味あるか!」


「その割には、さっきからガン見なんですけどー」


「み、見てねえし!」


 いや、ほんとだよ!?

 本人に似合わない清純な白い布なんて知らないさ!


「ていうか、なんでセーラー服なの?」


「なんかあー。マスターの服で、サイズ合うのこれだけだったっていうかあー」


「…………」


 げ、源さん……。


「まあ、いい。おれもメシ食う」


 言いながら、戸棚からカップ麺を取り出す。


「…………」


 うーん。

 顔色がよくないかあ。


 こっちの仕事は大変だし、栄養も取っておかないと。

 病気になったら意味ないもんなあ。


「あれえー。どこ行くわけえー?」


「メシ食ってくる」


「ちょ、待てし! あたしも行くから!」


「いや、おまえ菓子食ってたじゃん」


「こんなの腹の足しにもなんねーし!」


 ハナが、ばたばたと洗面室に飛び込む。


 いや、その前に頼むから着替えて?

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