24-3.源さん


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 ずーん。


 気まずい空気の中、おれは源さんともそもそと海鮮丼を食べていた。

 その間に会話という会話はなく、他の客の賑やかな会話や店員の元気な声が響いている。


 この店に入ったのは十数分前。

 しかしその間、ずっとこの調子である。


「……あの、源さん?」


 びくり。

 源さんは震えると、ゴホゴホとむせた。


「……大丈夫ですか?」


「……う、うん」


 お茶を飲むと、ふうっと息をつく。

 そして、ちらちらとこちらを伺いながら聞いてくる。


「な、なに?」


「え。あ、いや、お久しぶり、ですね」


「……うん」


 そして会話がなくなる。


「…………」


 源氏ひとみ。

 モンスターハント界ではその名を知らぬひとはいない。

 世界でも屈指の武器職人であり、ハンター協会の殿堂入り登録メンバーのひとり。


 彼女の制作した武器を手に入れることは恐ろしく難しい。


 源さんはハンターが自ら集めた素材を武器に加工する。

 それなりのランクを要求されるため、一般のハンターではまず手が出せない。


 そして金額もべらぼうだ。


 なにより完全受注生産なので、予備の武器などが出回ることもない。

 稀にオークションなどに出るのは、前の持ち主に不幸があったときだけだ。


 とまあ、いろいろ理由はあるのだが。


 彼女の武器が出回らない、いちばんの理由がある。


 ――それがこの、ウルトラ人見知りさん。


 彼女は人前にはまったく姿を現さない。

 そのせいで、彼女を屈強な男か偏屈な爺さんだと思っているひとがほとんど。


 その上、彼女は仕事のたびに工房を変える。

 彼女との連絡を取れるのは、昔から懇意にしている川島さんや皐月さんだけだった。


 おれも知り合って十年近くが経つが、いまだに彼女と打ち解けた会話をしたことはない。


 すげえ気まずい。

 でも、こうやって再会した手前「じゃあ、また」というわけにもいかないからなあ。


「……牧野」


「は、はい!?」


 急に名前を呼ばれて、おれは強張る。


「……『風神』は、どう?」


「あ、はい! すげえいいですよ! ちょっと危ないハントがあったんですけど、おかげさまで助かりました! あ、そのときのことなんですけどね……」


「……そ」


 そう言って、もそもそと食べるのを再開する。


「…………」


 本当に会話が続かないなあ。

 前に皐月さんが「あいつこのまま独り身で死ぬんじゃないの?」って本気で心配していたけど、なんかこうして会話するとその気持ちもわかる。


 まあ、おれの心配することじゃないんだけど。


 食事が終わって、店の前で別れようとしたときだった。


「おれ、しばらくこっちにいるんで。また、なにかあったら……」


「……牧野」


 しかし、源さんが呼び止めた。


「……これから、時間ある?」


「え?」


 おれは首を傾げた。


「ありますけど」


「……じゃあ、わたしの工房に来て」


「え。……はい」


 こうして、おれは源さんの工房へと向かった。

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