23-4.つかさピンチ!


「お兄さん! 今日こそ入れてください!」


「却下だ」


「どうしてですかあー!」


「おまえが子どもで女だからだ」


「ダンジョンに年齢制限はありませんし、男装すればわかりませんよ!」


 胸ないですからね! 

 と、どや顔になる。


「おれが知っているのが問題だ。それよりご注文は?」


「Aセットください!」


「かしこまりました」


 厨房でいつものメニューを用意していると、店長が司を見ながら言った。


「いやあ、なかなか粘りますねえ」


「どれだけ来ようと、おれの気が変わることはない」


「いいじゃないですか。実力が心配なら、ちょっとダンジョンに潜ってやればいいでしょう?」


「他人事のように言うな」


「もう他人事ですからねえ」


 そうだった。

 思いがけず、大きなため息が漏れる。


 今日で一週間。

 その間、司は毎日のように訪れた。


「まあ、おれは可愛らしい常連さんができてうれしいんですけどね。さすがにこう、いつもあんな風に叫ばれちゃ困るんですよねえ」


「…………」


 山本はお盆を持つと、少女の前に立った。


「おい。いくら来ようと、おれの意志は変わらん。パーティを探しているなら、他を当たれ」


「むぅぅう……」


「むくれてもダメだ。店にも迷惑になるから、次に騒いだら追い出すからな」


「…………」


 うるうると懇願のまなざしを向けられる。


 情に訴えてもダメだ。

 おれは『鉄血のハイド』。

 大型ギルド『疾風迅雷』のギルドマスターだ。


 ――おれには、メンバーを守る義務がある。


「へーんだ。お兄さんのわからずや! けちんぼ!」


 司はいつものように食事を済ませると、逃げるように出て行った。



 …………

 ……

 …



 そして問題は、その翌日に起こった。


 いつものように、来店のベルとともに司が飛び込んできた。


「お兄さん!」


「お引き取りを」


「まだ騒いでないじゃないですかあー!」


 声量が大きいという自覚がないのか。


「で、なんだ?」


 司はなぜか、ご機嫌な様子で腕をぺしりと叩いてくる。


「あん、もう! お兄さん、なんだかんだ優しいですよねえ! わたし、見直しちゃいました!」


「……は?」


 彼女がなにを言っているのか、本気で理解できない。


「どういうことだ?」


「またまたあ。もう聞いてるんですよ! わたしの入団試験、してくれるんでしょ!」


「なに?」


 どういうことだ?


「昨日、ダンジョンの前で『疾風迅雷』のひとが声をかけてくれたんですよ! 入団試験でいっしょにダンジョンに潜るんですよね!」


「おい、待て。おれはなにも……」


「あ、いけない! もう時間でした! じゃあ、お兄さん! わたし頑張っちゃいますからね!」


 そう言って、食事もせずに出て行ってしまった。


「…………」


 山本が呆然としていると、店長が厨房から顔を出した。


「あれ。今日は食べてかないんですか?」


「あ、あぁ。そうみたいだ」


「ありゃ、残念。ハイドさん、せっかく準備してたのに」


 言いながら、お盆の上のAセットを見る。


「そ、それはあいつのためじゃない。……お、おれの賄いだ」


「……ハイドさん、さっき休憩とったばかりじゃないですか」


 言いながら、肩をすくめる。


「で、どうしたんですか? ずいぶんとご機嫌でしたけど」


「それが……」


 話を聞いた彼は、訝しげに眉を寄せた。


「……ハイドさん。入団試験の指示なんてしたんですか?」


「いや、していない。そもそもうちのメンバーは、この近くのダンジョンには潜らないはずだ」


「じゃあ、伊東さんあたりが勝手にやってあげたとか?」


「あいつらがおれに黙ってやるなど、ありえん。というか、うちに入団試験などない」


「そうですよねえ」


 店長の顔に影が差した。


「じゃあ、なりすましですねえ」


「…………」


 二人の間に、重い沈黙が下りる。


 なりすまし。

 言葉通り、何者かが『疾風迅雷』の名前を語って司を勧誘した。


 これまでも、度々あることだった。

 大きいギルドの看板とは、やはりその界隈の人間にとってはステイタスとなりうる。


「どうするんですか? あの子、危ないかもしれませんよ」


「……知ったことか。ダンジョンを甘く見るからそうなるんだ」


 山本は半熟卵の小鉢にラップをかけると、冷蔵庫の隅に入れた。

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