23-3.そして戦いは始まった


 山本は立ち上がると、急いで司という少女に歩み寄った。

 彼女は堪えきれずという様子で、大きな口を開けて叫んだ。


「あの牛丼屋のおに……、もがっ!?」


「黙れ。それ以上、しゃべったら追い出すぞ」


「…………」


 少女が、こくこくとうなずいた。

 幹部たちが不思議そうな視線を向けている。


「ハイドさん。どうしたんですか?」


「もしかして、知り合いですか?」


「牛丼屋ってなんですか?」


「そ、その……」


 コホンと咳をした。


「……め、いや、甥だ。と、年の離れた兄がいてな。最近、牛丼を食いに連れて行ったような、連れて行かないような……」


「そうだったんですか」


「すまないが、ふたりで話がある。全員、ここで待機してくれ」


「わかりました」


 大広間を出て、向かいにある小部屋に入った。

 司という少女が帽子を取ると、その長い髪がふさりと降りる。


「お兄さん! この間は、どうもありがとうございました!」


「うむ。わかった。出て行け」


「どうしてですかあ!?」


 がびーん、という感じでのけ反った。


「どうしてじゃない。おまえみたいな子どもの入団など許可するわけないだろう。うちはごっこ遊びでやってるんじゃないんだ」


「わ、わたしだって遊びのつもりで言ってるんじゃありません!」


「ほう。ならば、どんな理由でうちに入りたがる?」


「そ、それは……」


 司が口ごもると、太郎はそら見たことかと鼻を鳴らした。


「ほらな。言えないなら、さっさと出て行け。そもそも、うちは女の入団は認めない」


「…………」


 司はぷるぷる震えていたが、やがてぎゅっと帽子をかぶった。


「お兄さんのばかぁ――――! ロリコォ――――ン!」


 そう叫ぶと、一目散に逃げて行った。


「…………」


 取り残された太郎は、それを呆然と見送っていた。

 すぐに大会議室のメンバーがやってくる。


「ハイドさん。さっきの子どもが出て行きましたけど……」


「え。あ、いや、うまく言って帰した。もう来ないだろう」


「そ、そうですか。なんか叫んでいたような……」


「お、おれはロリコンじゃない!」


「は?」


「……なんでもない」


 太郎はため息をつくと、会議室へと戻った。


 少し可哀そうな気もするが、ここは先人として心を鬼にしなくてはいけない。

 どうせテレビかなにかで憧れて入ろうとしたのだろうが、それでやっていけるほどモンスターハントは甘くない。


 ダンジョンは、危険に満ちているのだ。


 …………

 ……

 …



「へえ。そんなことが」


 数日後のバイトだった。

 山本の話に、店長は面白そうに笑った。


「まったく、いまのガキはなにを考えているんだ」


「でも、子どものころからダンジョンに触れるのは悪いことじゃないと思いますけどね」


「なら、学校の友だちとでも低級ダンジョンに潜っていればいいだろう」


「学校の友だちとっていうのは、なかなか難しいんじゃないですかね」


「それでもだ。うちのような高レベルのギルドに来る必要はないはずだ」


「まあ、そうですねえ」


 と、来客のベルが鳴った。

 すぐさま立ち話を中断して、そちらに声をかける。


「いらっしゃいませえー」


 その人物を見て、ハイドは固まった。

 学校帰りらしく、制服姿の司がカウンターに腰かける。


「こんにちは、お兄さん!」


「……なぜ来た?」


「ご飯を食べに来たんですよ。Aセットください!」


「…………」


 太郎は厨房に入ると、慣れた手つきで準備する。

 最後に半熟卵を小鉢に割り入れると、お盆を持って彼女の前に立った。


「……今日は、金はあるんだろうな」


「や、やだなあ。今日はちゃんと持ってきましたよ」


 そう言って、鞄からピンク色の財布を取り出した。

 ちらりと千円札を覗かせる。


「…………」


 太郎はAセットを彼女に差し出した。


「……じゃあ、さっさと食って帰れよ」


「ま、待ってください!」


「……なんだ?」


 すると司が、もじもじと顔を赤らめながら言った。


「あの、わたし考えたんです」


「……なにを?」


「確かに、わたしみたいな子どもがいきなり入れてくださいって言っても、お兄さんだってためらっちゃいますよね!」


 向こうに座ってたサラリーマンがブッとふき出した。


「わたし確かに初めてなんですけど、痛いのも平気です! お兄さんに迷惑をかけないように頑張りますから! だからお願いします、入れてください!」


 ――がしっとその頭を掴んだ。


「あいだだだだ……!」


「……おまえ、おれを怒らせに来たのか?」


「そ、そそ、そんなつもりないですよー!」


「…………」


 サラリーマンの視線に、慌てて彼女を解放する。

 と、店長が厨房から出てきた。


「ハイドさ、じゃなかった、山本くん。店で騒ぎは勘弁してほしいんだけど……」


「す、すみません……」


 すると司が、目をぱちくりさせた。


「は、ハイドさんって言いました?」


「あぁ、おれはハイドさんのところの元ギルメンだよ。仕事と両立できなくなって辞めちゃったけどね」


「じゃあ、店長さんもお兄さんを説得してください!」


「えぇー。困ったなあ。ハイドさん、頑固だからなあ」


 店長は苦笑しながら、彼女に聞いてみる。


「どうして、そんなに『疾風迅雷』にこだわるの?」


「……わ、わたし、強いひとたちとパーティを組みたいんです」


「どうして? 高レベルのダンジョンでも目指してるの?」


「そ、そういうわけじゃないんですけど……」


「んー?」


 バンッとテーブルを叩いた。


「と、とにかく! わたしは諦めませんから!」


 そう言って、がつがつと牛丼をかき込んで千円札を置いた。


「次まで考えておいてくださいね!」


 言うだけ言うと、彼女はさっさと出て行ってしまった。


「……ハイドさん。どうするんですか?」


「……どうしようも、こうしようも。うちは女の入団は禁止だ」


 山本はため息をついた。


「……ま、すぐ諦めるだろ」


 目下の問題として。

 このお釣り、どうしようか。

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