23-2.鉄の掟


 ギルド『疾風迅雷』には、鉄の掟とも呼べる三か条が存在する。


 一つ、メンバーはギルドのためにある。優先すべきは個人ではなくギルドである。


 二つ、頭領の指令は絶対である。逆らうものは追放する。


 三つ、ダンジョンは男の戦場である。いかなる理由があろうとも、女の参加は認めない。


 これらはギルド設立からの絶対不変のルールであり、この禁を破るものは幹部といえども追放の憂き目にあっていた。


 そして今日、山本は『疾風迅雷』の本拠地ホームへと赴いた。


 場所は福岡のダンジョン『はかたもん』。

 彼らはこの場所を起点に、北九州各地のダンジョンの依頼を受け付ける。


 住宅街にある公民館のようなたたずまい。

 その建物の前にタクシーを停めると、中から構成員たちが迎えた。


「ハイドさん、お疲れさまです!」


「お疲れさまです!」


「うむ」


 山本はタクシーから降りると、のしのしとその中へと入った。

 二階にある大広間を貸し切り、月に一度の定例会を行うのだ。


 すでに幹部連中はそろっていた。

 山本が席につくと同時に、全員が立ち上がって頭を下げた。


『ハイドさん。お疲れさまです!』


「うむ。全員、座れ」


 みなが着席すると、参謀の伊東が立ったまま言った。


「七月度の定例会を開始します」


「先月の達成率はどうだ?」


「はい。先月は、三十六件の依頼がありました。そのうち、完遂したものが二十一件。十五件は現在も進行中です。S評価は十一件。こちらが一覧になります」


 ささっと書類が配られる。

 だいたいはダンジョン素材を欲しがる中小企業からのオファーだ。

 それを各地域にある支部に通達し、状況によってはここから援軍を送る。


「今月の予定は?」


「現在、五件のオファーがあります。早急に対処しなければいけないのが、大分の……」


 その報告を聞きながら、山本はうんとうなずく。


「……よし。それなら樫本のチームを向かわせろ。行けるな?」


「はい。お任せください」


 そうして話題は予算や施設拡張などへと広がっていく。

その報告を聞きながら、山本はふとあのことを口にする。


「……そういえば、例の連中はどうした?」


「例の連中、というと?」


「あの若造たちだ」


 それは五月の『マンドラゴラ防衛戦線』で、危険地帯に渡っていった三人組のことだ。

 南九州を仕切る『薩摩連隊区』と、その知り合いの東京ものによって命を助けられた彼らは、本来なら今日もここに来ているはずだった。


 すると伊東は渋い顔で答えた。


「……先月から、連絡が取れません」


「そうか」


 幹部たちがため息をつく。

 この『疾風迅雷』は大きなギルドだが、それにありがちな入団試験などは存在しない。

 そのため、その敷居は意外に低い。

 となれば、問題として挙げられるのがこれ。


 箔付けのために軽い気持ちで入ってきた若者が、すぐに出て行ってしまう。

 残ったものたちの結束は固くなるが、同時に次世代の育成が慢性的な課題であった。


 来るもの拒まず、去るもの追わず。

 しかし掟に背くものは、容赦なく切り捨てる。


 そのスタイルを貫く以上は、仕方のないことなのかもしれない。


「どうしますか?」


「いい。出て行ったものを怯えさせることもない」


 伊東が気まずそうに続ける。


「それで、なのですが。また入団希望者がいまして……」


 山本は眉を寄せた。

 さすがにさっきの話題のあとにこれでは、否応なしに警戒してしまう。


「……若いのか?」


「未成年です」


「またエンジョイ勢じゃないだろうな」


「どうでしょうか。話した感じでは、なんとも……」


「まあ、いい。来ているのか?」


「はい」


「わかった。通せ」


 ドアが開いた。

 入ってきたのは、あまりに小柄な少年だった。

 ぶかぶかの帽子を深くかぶり、その目元はよく見えない。


「初めまして! わ……、ぼく、司っていいます!」


 山本は口元を引きつらせた。


「……おい、伊東」


「は、はあ」


「未成年というか、子どもじゃないか。これはさすがに……」


「でも、うちに年齢制限はありませんし。会わせてくれと聞かないんです」


「…………」


 モンスターハントは危険の伴う競技だ。

 バックアップは徹底しているが、それでも――。


「……あっ」


 すると、その司という少年が、こちらを見て呆けたように口を開けていた。


 なんだ、と思いながら、その顔をまじまじと見る。

 それに気づくのに、時間はかからなかった。


「……お、おまえは」


 ――それは、先日の牛丼屋の少女だった。

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