22-5.採掘作業


 簡単に思えたその作業も、やってみるとこれがまた根気のいる作業だった。

 その石というのが意外に大きく、そして重い。

 レンタルのスコップを使うにしても、持ち上げられるところまで掘るのは骨が折れる。


「……あと、どのくらいですか?」


「次の空洞に、下に降りる階段があるから。そこで一杯になると思うよ」


「そ、そうですか……」


 このダンジョンという空間にいると、妙に力が湧いてくる。

 それでも代わり映えのない光景と、同じことの繰り返しの作業に、そろそろ面倒くさくなってきた。


 しかも、これ……。


「お、重い……」


 バッグはすでに、背中に担がなければならないほどになっていた。

 優花さんはにこにこしたまま、おれの前を歩いていく。


「がんばって。青井くん、頼りになるなあ」


「……はーい」


 下のフロアへの階段を下りながら、おれは根本的な疑問を口にした。


「浅羽先輩って、いつもダンジョンに潜ってるんですか?」


「うーん。一週間か二週間に一度かな。お金がなくなったり、依頼があったときに潜ってるよ」


「ふうん。先輩の学校じゃ、ダンジョンは禁止されてないんですね」


 確か、うちの学校は禁止されていたはずだ。

 その危険さや大きなお金が動くという理由で、こういった処置がとられている学校も少なくないと聞く。


「ううん。わたし、学校は行っていないから」


「え……」


 おれは思わず、立ち止まってしまった。


「そ、そうなんですか?」


「うん。受験もしてないよ」


「えっと、……なんで?」


 言ってから、ハッとする。

 なにか家庭の事情があるかもしれない。

 さっきだって、雅人に悪いことを言ったばかりじゃないか。


 しかし、彼女の返答は予想の少し斜め上だった。


「だって、学校なんて面倒くさいじゃない?」


 ――は?


「いや、だってそんなの変じゃ……」


 聞き間違いかと思った。

 しかし、優花さんは表情も変えずに続けた。


「青井くんは、どうして学校に行くの?」


「そ、そりゃ、勉強するため……」


「勉強は手段でしょう? 勉強して、なにをするの?」


「……えっと」


 確か、親は大学まで行ってほしいって言ってたな。


「……大学とか、行けたらいいなって」


「大学に行って、なにするの?」


「べ、勉強ですけど……」


「なんのために、そんなに勉強するの?」


「え……」


 なんの、って……。


「……いいところに、就職とかできたらいいなって思いますけど」


「どんな分野を目指してるの?」


「そ、そんなのわからないですよ」


 おれが音を上げると、彼女はどこか意地悪そうな表情になった。


「じゃあ、それは引き伸ばしだね。きみが大学に行こうとしているのは、将来を決められないから猶予期間を設けているだけ」


「…………」


 なにか言い返そうとしたけど、言葉は喉の奥に詰まって出てこなかった。


「どうせ学校を出たって、本気じゃないひとは就職できない。就職できたって、それが本気じゃなければ続かない。そんなの、時間がもったいないじゃない」


「も、もったいない?」


「わたしは将来、ダンジョンでやりたいことがある。でも、学校じゃダンジョンについては教えてくれない。だから学校なんて行っても、時間がもったいないだけだと思うんだ」


「…………」


「まあ、ダンジョンだからうまくやれてるってのもあるんだけどね。他のじゃ、なかなかこれくらい稼ぐことはできないから」


「雅人は、知ってるんですか?」


「うん」


「……それ、応援してくれてるんですか?」


「どうだろうね。口には出さないけど、あんまり気乗りはしてないんじゃないかな」


 そう言って、彼女は少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 その表情にふと、ぎゅっと胸が締めつけられるような気がした。


「…………」


 でも結局、おれはなにも言えずに彼女についていくだけだった。

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