22-2.浅羽優花


 浅羽優花。

 おれのひとつ上の先輩で、中学では生徒会長を務めていた女子生徒。


 成績はよく、容姿も抜群。

 おまけに性格もよくて、男子生徒の憧れだった。


 ……おれも、実は好きだったりした。


 でも、アタックをかけるやつはいなかった。

 優花さんは、雅人の彼女だったのだ。


 いつも雅人が会話しているのを、遠くから見ていた。

 たまに、そのおこぼれに預かって話したことはある。

 でも、おれのことなんて覚えてないだろうなあ。


 彼女が中学を卒業してからは、とんと見たことがなかった。

 雅人のバスケの試合を見に来ることもなかったし、別れたのかもしれない。


 まあ、つきあってる可能性もあるんだけど。


「……ていうか、どうしてこんなことしちゃってるかなあ」


 おれはいま、彼女が乗ったバスに乗っている。

 彼女が座って文庫本を読んでいるのを、ちらちらと横目に見ている。


 これじゃあ、ストーカーじゃん。

 とっさに追いかけてしまったけど、まずいでしょ!


 ……ハア。

 次の停留所で降りよう。


 ……そんなことを考えていると、バスが止まる。


 そこで彼女が立ち上がった。

 どうやら、ここで降りるらしい。


 と、優花さんがこちらを見た。

 そして一瞬、にこりと微笑む。


「……!」


 おれは弾かれるように立ち上がった。


「お、降ります、降ります!」


 バスから降りて、周辺を見回す。

 しかし、彼女の姿は煙のように消えていた。


「……あれ?」


 おれが呆然としていると、ポンと肩を叩かれた。


「うわあ!?」


 慌てて飛び退いた。

 そしてうしろを見ると、優花さんが立っていた。


「……あなた」


 その目が、じろじろとおれを見ている。


「さっきから、わたしを尾けているの?」


「い、いや、その、えっと……」


 逃れようのない図星だ。

 おれがどもりにどもりまくっていると、彼女はふと、なにかに気づいたように手を叩いた。


「……もしかして、中学のとき」


「そ、そうです! 雅人と同じ部活だった青井です!」


「あぁ、そう。青井くん。覚えているよ」


 あぁ、よかった。

 これで一応、不審人物じゃないと思ってもらえて――。


「で、どうして青井くんはわたしを尾行していたの?」


 よくなかった。

 むしろ身元がバレて状況が悪化した。


 もし優花さんが、まだ雅人とつながりがあった場合。

 部活をボイコットした上に、他人の彼女を尾行した変態……。


 最悪だ。


「え、えーっと……」


「…………」


「せ、先輩が見えたので、話したいなって思って、その……」


 おれはぎゅっと目を閉じた。

 きっと「気持ち悪い!」とビンタの一つでも飛んでくるだろう。


 それだけで済めば御の字だけど……。


「……あれ?」


 いつまでもビンタが飛んでこない。

 もしかして、関わり合いになりたくなくて逃げてしまったのだろうか。


 目を開けると、なんと優花さんはそこにいた。

 にこりと微笑むと、ちょっと予想外のことを言った。


「ちょうどよかった。これから、時間ある?」


「え?」


「男手が欲しかったの。どうだろ? ご飯くらいならおごるけど……」


 こ、これは……。


 もしかして、なんかの罠!?


 いや、だって展開に脈絡がなさすぎだろ!

 普通は気持ち悪がるのに、まさかのお誘い。


 でも、これ、もし罠じゃなかったら……。


 で、でで、デー……ト?


「よ、よろこんでえ――――!」


「あぁ、よかった。じゃあ、さっそく行こう」


「あ、ちょ、待って」


 人混みを歩いていくと、彼女はある施設の前で立ち止まった。


「……へ?」


 その施設の看板を見上げて、おれは呆然としていた。


 これは、もしかして……。


「……だ、ダンジョン?」


 振り返った優花さんは、どこか挑戦的な笑みを浮かべていた。

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