主任、ちょっと休憩しましょうか

22-1.トニック


「おら声出せえー!」


「うっす!」


 ダンダンッ!

 ボールの跳ねる音。


 キュキュッ!

 シューズの擦れる音。


 うだるような暑さの中、今日も部活は続いていた。


「あー、しんど……」


 おれは壁にもたれかかったまま、一歩も動けずにいた。


「こら、青井!」


 先輩がすぐに気づいて怒鳴る。


「はやく位置に戻れ!」


「す、すんませ……」


 ふらつきながら歩こうとすると、がくっと膝が折れた。

 そのまま、どたんと倒れる。


「なにやってんだ!」


「い、いや、わざとじゃ……」


 そこへ、同級生の雅人が走り寄ってきた。


「先輩、熱中症みたいです! ちょっと休ませないとやばいですよ!」


「チッ。しょうがねえなあ。ちょっと水を飲ませてやってこい!」


「わかりました!」


 雅人が肩を貸してくれる。


「おい、ちょっと頑張れよ」


「ご、ごめん」


 外に出て、風の通る日陰に座る。

 すぐに雅人が紙コップに麦茶を入れてきた。


「飲めるか?」


「……ありがと」


 ……どうしてうちの部には女子マネがいないんだろうなあ。

 そんな恩知らずなことを考えながら口をつける。


「気分は?」


「ちょっとはマシかな」


「よし。よかった」


 雅人は、にかっと笑う。


 ……どうしてかなあ。

 同じ二年なのに、こうもスペックが違う。

 顔はそうだし、バスケにしても同学年で頭一つ抜けている。

 今度の大会も最後の出場になる三年を差し置いて、唯一レギュラー入りしていた。


 なによりも、こいつは正真正銘いいやつだ。

 嫌味の一つもないし、誰とでも打ち解けられる。

 女子は当たり前として、男子もこいつを嫌いだというやつは見たことがない。

 先輩やコーチに一目置かれているのは、技術よりもこの性格によるところが大きい。


 対してこちらは、顔も普通で成績も普通。

 バスケに関しては正直、ついていくので精いっぱいだ。

 来年はきっと、おれの代わりにいまの一年がベンチ入りするだろう。


 なにより助けられたのに、こうやって妬みしか感じない性格がまずい。

 同じ中学出身で、ここまで違うか?


「……もういいよ。練習、戻ってくれ」


「そう言うなよ。おれだってサボる口実だったんだ」


 とか言いながら、本当はおれの体調を見ているのがわかる。

 ほんと、こういうときも面倒見がいいっていうのは鬱陶しいな。


「……まあ。いいけど」


 おれはタオルを敷いて、その上に後頭部をのせた。

 さわさわと風が心地よかった。


 結局、GWは練習ばっかりだったなあ。

 まあ高校の部活なんだから、当然っちゃ当然だけど。


 と、雅人が言った。


「最近、調子悪そうだよな。なにか問題とかない?」


「……なに。コーチに言われた?」


「違うって。チームメイトが心配なだけ。中学からの仲だろ?」


 さよか。

 中学からいっしょでも、別にチームメイト以上でも以下でもないんだけどな。


「なにもないよ。ちょっと、部の空気についていけないだけ」


「練習がきつい?」


「それもあるけどさ。うちって、あんま強くないじゃん?」


「まあ、そうかもね」


 いいとこ地区大会の三回戦止まり。

 それなのに今年こそはって、正直、スポ根なんて漫画の中だけにしてほしい。


「おれさ、別にバスケってそんなに好きなわけじゃないんだ。中学のとき、たまたま仲のいいやつが入るって言うから、じゃあ、おれもって……」


「…………」


「高校も、先輩にほとんど強制的に入れられたようなもんだし。他にすることなかったから、まあいいかって。でも、もう限界だわ」


「……そっか」


 雅人は、ただうなずいた。

 おれをたしなめることもしない。

 さすが空気の読める男は違うな。


「……雅人は?」


「おれ?」


「おまえ、どうしてこの高校に来たの? おれ知ってんだぞ。他の強いとこから誘われてたろ」


「あー。まあね」


 雅人は言いづらそうに頬をかいた。


「ここ、学費が安かったからさ」


「あ……」


 雅人の家は、母子家庭だ。

 小学校のころに両親が離婚して、母親に育てられているらしい。


 これは配慮に欠けた言葉だった。

 しかし素直に謝ることができないまま、おれはやつから視線を逸らした。


「……もう行けよ。先輩、さすがにキレるぞ」


「そうだな。じゃあ、よくなったら戻って来いよ」


 それには応えなかった。


 雅人が戻っていくのを見計らって、おれは起き上がる。


「……いいや。帰ろ」


 明日、怒られるだろうけど。

 ていうか、もう辞めるし。


 おれはこっそり部室で着替えると、体育館を逃げ出した。



 …………

 ……

 …



 ハンバーガー店で休み、体調が戻ったころに外に出る。

 地方としては田舎だけど、住んでいるところは一応、中心街になる。

 ひとが行き交う道路を、ぼんやりと歩いていく。


「……つまんねえなあ」


 ふいにそんな言葉が漏れた。


 なにか楽しいことないかな。

 雅人みたいに才能があれば、きっと人生も楽しいんだろうなあ。


 と、そのときだった。


 おれの視界の隅を、ひとりの女の子が横切った。

 その横顔に、思わず息を飲んだ。


「……浅羽、先輩?」


 おれはその背中を、慌てて追いかけた。

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