21-6.PM8:00


「寧々、そっち行ったぞ!」


「任せろい」


 おれの陽動によって行き場を失ったコウモリたちが、ばさばさと寧々のトラップのほうへと吸い寄せられる。

 見えない糸の網にかかると、麻痺スキルによって力を失っていく。


「よーし。こんくらいでいいだろ」


「ていうか、欲しいのってレッサー・バットかよ」


「うん。はく製にして飾るんだと」


「あんまり趣味がいいとは言えないな」


「そうだなあ」


 言いながら、ナイフで止めを刺していく。

 その作業中、ふと寧々が言った。


「なあ、牧野」


「なんだ?」


「おまえさ。なんであの女がいいわけ?」


「はあ?」


 あの女。

 まあ、間違いなく主任のことだろう。


「……おまえ、ダンジョンで恋バナとかするタイプだったっけ?」


「た、たまにはな。どうせ片手間だろ?」


「まあ、そうだけど」


 しかし、改めて言われるとこっ恥ずかしい。


 うーん。

 どこがいいか、ねえ。


「……さあ?」


「さあ、って」


「いや、そんなの明確な理由なんてないだろ」


「そうなのか?」


「アレックスのときだって、きっかけは覚えてないよ。いつの間にか好きだった。そんなもんじゃないのか?」


 寧々が作業の腕を止める。


「……わたしは、覚えてるからな」


「え?」


「なんでもねえよ」


 ぷいとそっぽを向く。

 それから、わざとらしく声を上げる。


「ここにも、ずいぶん潜ったよなあ」


「そうだな」


「あのころは講義のとき以外、みんな当たり前みたいにここにいたよ」


「…………」


 そうだったか。

 いや、確かにそうだった。


 あのころは、ただその時間を楽しんでいたような気がする。

 いまのように、みんなバラバラになるとは思ってはいなかった。


「……なあ、牧野」


「うん?」


「おまえにさ、言っとかなきゃいけないことがあるわけよ」


「え?」


 なにを?


 おれがそう言う前に、寧々は口を開いた。


「おまえさ――」



 …………

 ……

 …



 時計の針が、また一周した。

 パソコンの画面を見るけど、まだ終わりには程遠かった。


 というか、ぜんぜん作業の手が進まない。

 さっきから、気がつくとぼんやりとしている。


「……いけないわ。これじゃあ、朝一に出せないじゃない」


 というか、このままじゃ会社に泊まりだ。

 それだけは勘弁したいんだけどなあ。


「……気合いを入れ直しましょう」


 オフィスを出て、休憩室に歩いていく。

 電気をつけて、自販機に硬貨を入れた。


 カップのコーヒーが抽出される間、ぼんやりと窓を見ていた。


 自分の姿が映っている

 それに手を伸ばすと、向こうも同じように手を伸ばしてきた。


 指が触れると、窓ガラスの冷たい感触があった。


 ――いまごろ、なにしてるのかな。


 気がつけば、そんなことを考えている。

 どうせ仕事が終わらないなら、放っぽり出して追いかければいいのに。


 さっきだって、そうだ。


 寧々さんに聞いたわよ、ダンジョン行くんでしょ?

 いいじゃない、わたしも連れて行きなさいよ。


 最近、その言葉がどうしても言えないときがある。


「……まったく、素直じゃないわね」

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