21-4.宣戦布告


「だ、だからその呼び方はやめてください!」


 このカフェ、お昼はよく来るのに!

 すると寧々さんは、不思議そうに首をかしげる。


「じゃあ、玄人女?」


「違います!」


 あぁ、もう!

 このひと、ぜったいにわかってやってるでしょ!


 わたしが向かいの席につくと、店員さんが水とメニュー表を差し出した。

 寧々さんの前には、紅茶のカップだけがあった。


「寧々さんは?」


「わたし、昼はあまり食べないんだよ」


「じゃ、じゃあ、こちらは遠慮なく」


 日替わりランチを注文すると、彼女に向く。


「今日はどうしたんですか?」


「あー。ちょっと、こっちに仕事で用事があってさ。ついでだから、お前の顔も見とこーって」


「そ、そうですか。あ、牧野も誘ったんですけど、なんか仕事が忙しいって断られちゃいました」


「あぁ、いーよ、いーよ。あいつは昨日、ちょっと飲んだから」


「え……」


 寧々さんが眉を寄せる。


「なんか変?」


「い、いえ。そんなことは……」


 わたしのことは避けるくせに、寧々さんとは飲むのね。


 あー、そうですか。

 まあ、おふたりは大学時代からの仲だものね。


「……え、えっと。ちなみに、ですけど。なにを話したんですか、とか……」


「んー? そうさなあ。わたしが仕事で『KAWASHIMA』に潜るってことと、それいっしょに行かねえって話かなあ」


 なあっ!?


「あ、あの、それって、もしかして……」


「あー、うん。今日だなー」


「…………」


 なるほどね。

 そういう感じね。


 アレックスさんといい、おモテになる方は大変ねえ。

 ま、まあ、わたしがどうこう言うことじゃないんだけど?


 どっ!


「……なんか、すげえ顔してるけど大丈夫か?」


「な、なな、なんでもないです……!」


「あぁ、そう……」


 日替わりランチが運ばれてきた。

 水曜日はドリアセット。


 その中心にフォークを突き立て、ぐちゃぐちゃとかき回す。


「ふ、ふふふ。べ、べつにあいつがなにをしようと関係ないですし? わたしは今日、終電確定ですけど? 勝手に楽しめばいいんじゃないかしら?」


「……おい、ダダ漏れだぞ。つーか、こっちまで気分悪くなるからやめて」


 ハッと口をふさぐ。

 寧々さんはにやにやとこちらを見つめている。


「あ、そーだ。あと一個、あいつと話したことあったわ」


「な、なんですか?」


「アレックスのこと、ちゃんと振ったって言ってたなー」


「え……」


 ぴたり、とフォークを止める。


「それ、本当ですか?」


「聞いてねえの?」


「えぇ、まあ。肝心なところは、その、聞きづらくて……」


「……ふうん?」


 言いながら、彼女は紅茶のカップを置く。


「あのさあ」


 言いながら、テーブルに肘をついた。

 手の甲にあごをのせて、どこか不敵な笑みを浮かべる。


「おまえ。実際のところ、あいつのこと、どう思ってんの?」


「え、あ、あいつって?」


「おいおい、とぼけんなよ。牧野に決まってんだろ」


「…………」


 まあ、そうよね。


「……べ、べつに。ただの使えない部下ですけど」


「それだけ?」


「だ、ダンジョンでは、まあ、ちょっとは、格好いい、かな?」


「それだけ?」


 その瞳の輝きが、いつもと違っているのに気づいた。

 それはまるで、ダンジョンで見せる狩猟者としての彼女の顔だった。


「そ、それだけ、ですけど……」


「あのときさあ。おまえ、言ったよな?」


「あのとき?」


「ダンジョンで温泉に入ったとき」


 あー……。


「おまえ、部下に健全な恋愛をしてほしいからわたしを邪魔するって言ったな?」


「そ、そうですけど?」


「わたしさあ、ずっと待ってたのよ。あいつがアレックスのこと吹っ切れてくれるときをさ。そして、それが来た。ここにはフリーの男女がいるだけ。この状況なら、すごく健全だよな?」


「…………」


「わたしは、本気だからな」


 フォークを持つ手に力が入らず、それはカランとテーブルに落ちた。

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