21-3.接触


「だから、その件に関しましては……。は? 今日中に? いえ、それはさすがに……。はい。わかりました。それでは失礼いたします」


 受話器を置くと、はああっとため息が出た。


 まったく!

 余計な費用を出したくないからって、こんな無茶ぶりも何度目よ!


 ……どうしようかなあ。

 できなくはないけど、終電は確定ね。

 他のひとに頼んでもいいけど、ノー残業デーに部下を残らせると上がうるさいし。


 ……まあ、いいか。

 今日は牧野も都合がつかないみたいだし、わたしが頑張れば……。


 ――と、携帯が震えた。

 そのメッセージの相手を見て、わたしは慌てて席を立つ。


「お昼、行ってきまーす」


 チームに呼びかけて、オフィスを出て行く。

 ちらとドアの脇にある机を見るけど、今日もその主は外回りに出ているようだった。


 エレベーターに乗って、一階のボタンを押す。


「……あいつ、どうしたのかしら」


 最近、牧野の様子がおかしい。

 あのダンジョン消滅の翌日から、妙にぎこちない。


 視線を合わせようとしない。

 話しかけてもすぐ逃げる。

 挙句にダンジョンの約束もすっぽかされた。


 ……もしかして。


 ――チーン


 エレベーターのドアが開いて、降りようとしたときだった。


「あ、牧野」


 声をかけると、びくっと肩を震わせた。


「お、お疲れさまです」


「お疲れ。お昼は?」


「まだです。ちょっとメールのチェックして行こうかなって」


「よかったらいっしょに行かない? 実はこれから……」


 ぎくり、となる。


「あ、あー! そうだった、その前にちょっと、電話したいところがあるんだった! 主任、すみませんけど、今日は遠慮させてください!」


「あ、ちょ、あんた……!」


 牧野はそそくさとエレベーターに乗り込むと、すぐにドアを閉じてしまった。


「…………」


 その牧野らしからぬ俊敏な動きに、呆気に取られてしまう。


 ――もしかしなくても、なんか避けられてる?


 なにか、したかしら。

 いえ、どっちかって言うと、されたほうだと思うんだけど。


 ……あんな紛らわしいこと言っておきながら、結局ダンジョン仲間でいましょうねって。


「ひとがどんだけ心配したと思ってんのよ!」


 ――ガンッ!


 思わず会社の前にある電柱を蹴ってしまった。


 ハッとして周囲を見回すと、通りすがりの会社員と目が合う。


「……あ、アハハ」


 慌ててその場を逃げ出した。


 でも、うーん……。

 わからない。

 もやもやする。


 どうして牧野がわたしを避けるのかしら。

 もしかして、また裏でアレックスさんが関わってきていたり?


 い、いやいや。

 いくら牧野が流されやすいちょろいんでも、さすがにそんなことはないでしょ。


 でも、もしも、この原因がわからなかったら。


 ……もしかして、ずっとこのままだったり?


「べ、別に、それでもいいわ。そっちがその気なら、わたしだって容赦しないんだから!」


 フンと鼻を鳴らして、道路沿いのカフェに入る。

 店内を見回すと、さっきのメッセージの相手が座っていた。


「よーう。素人女ァ」


 寧々さんが、にやにやしながらこちらに手を振った。

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