21-2.火蓋


「へあ?」


 寧々の口からなんとも言えない声が漏れた。


「え。あ、え? おまえ、え?」


「い、いや、そんなに驚くなよ」


「お、驚くに決まってんだろ!」


 バンッとテーブルを叩いたとき、店員がやってきた。


「生ビールと枝豆でーす」


「あ、どうも」


 それを受け取って、顔を見合わせる。


「と、とりあえず」


「お、おう」


 カチンとジョッキを合わせた。


 ぐびぐび。

 ぶふっ。


「げほ、ごほ!」


「……おいおい、落ち着いて飲めよ」


「お、おお、落ち着いてるだろ!」


「いや、どもりながら言われても……」


 寧々はコホンと咳をすると、枝豆を口に放った。


「……えーっと。一応、確認しとくけどな?」


「あ、あぁ」


「振られたって、あの振られた?」


「まあ、その振られたで間違いないと思う」


「ふ、ふーん? あ、そうなの? へえ……」


 寧々の目が泳いでいる。


「い、いつの話?」


「せ、先週だけど……」


「あ、そう。は、はーん。い、いやあ、ちょっとびびっちまったよ。おまえ、え、なに? いつから?」


「そうなあ。意識し始めたのは……、って、なに言わすんだよ」


「い、いいじゃねえか。さ、参考までにな」


「なんの参考よ」


「な、なんでもいいだろ!」


「……おまえ、今日はちょっと変だぞ」


「変じゃねえし! 死ね!」


 死ねとか。


「ていうか、おまえ、アレックスはどうしたんだよ!」


「ど、どうしたって……?」


「とぼけんなよ! おまえ、あいつのこと好きだったろ!」


「ま、まあな」


「それに先週、あいつのために死にかけたって聞いてんだぞ。わたしだって心配して……」


「それは、ほんと感謝してるよ。ありがとうな」


「お、おう。……いや、そうじゃなくてさ!」


「な、なんだよ……」


「おまえ、アレックスとアメリカ行くんじゃなかったのかよ!」


「あー……」


 そういえば、こいつがそんなこと言ってたとか聞いたな。


「いや、行くとは言ってないだろ」


「で、でも、アレックスはおまえを連れてくつもりだったろ!」


「まあ、そんなことは言われたよ」


「じゃあ、どうして……」


「うーん……」


 改めて言われると、なんかなあ。


「……あいつは、おれに兄貴の面影を見ていた。昔のおれはそれでもよかったんだろうけど、しばらく離れているうちにすっかり目は覚めてたよ」


「で、でも、じゃあ、どうしてあいつのために……」


「おれのけじめだよ。アレックスへの気持ちを清算するための儀式みたいなもん。だから、あいつのためなんてヒロイックなことを言われると困る」


「…………」


「ま、こうして振られたわけなんだけど。それでも日本に残ったことに後悔はないよ。でもまあ、ちょっと仕事やりづらいよなあ。あ、おれもいっそ、本格的にプロ活動再開するかなあ、なんて……」


 寧々はじとーっとおれを睨んでいる。


「……な、なんだよ?」


「おまえさ、ほんとに振られたわけ?」


「ま、まあな。お友だちでいましょうって言われた」


「……あ、そ」


 そうして、ぐいっとビールをあおる。


「……明日、よろしくな」


「え? あぁ、わかった」


 そう言って、寧々は帰ってしまった。


「……なんだ?」


 ていうか、この注文した料理どうするんだよ……。

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