主任、なんかもういろいろアレですね

21-1.別れは突然に


「主任」


 会社の廊下で、おれは彼女を見つけて駆け寄った。


「なに?」


「え、えーっと。……ちょっと、お話できます?」


「これからミーティングなの。手短にお願いね」


「あ、はい。えっと、この前のことなんですけど……」


「この前?」


 彼女は本当に不思議そうに首をかしげる。


 なんだ?

 もしかして、おれを恥ずかしがらせて遊んでいるのか?


「いや、えっと。ほら、おれがダンジョンから戻って、話があるって言ったやつ……」


 すると主任は、なにかを思い出したように手を叩いた。


「あ、そうそう。わたしも牧野に言っておかなきゃいけないことがあったわ」


「え?」


 このタイミングで、いったいなにが?


「今度、わたし異動になるの」


「……え?」


 いま、なんて?


「だから異動よ。新しい支社が立ち上がって、そっちのほうの企画課に行くの。だから、しばらく会えないわ」


「……は、はあ」


 初耳だった。

 いつの間にそんな話が……?


「えっと。ちなみに、その支社の場所は?」


「北海道よ」


「ほ……っ!?」


 おれが言葉を失っていると、彼女はにこりと微笑んだ。


「じゃあね、牧野。元気でね」


「え? あ、いや……」


 ふと主任が腕時計を確認する。


「いけない。もう飛行機の時間だわ」


「は? いや、さっきミーティングって……」


「なに言ってんの。今日はわたしの見送りに来てくれたんでしょ?」


「え?」


 急に周囲が騒がしくなった。

 見回すと、おれは会社ではなく羽田空港のロビーにいた。


 ――え?


「あんたと過ごした時間も楽しかったわ。もちろん友だちとしてね」


「あ、ちょ……」


「あんたもさっさと、いいひと見つけんのよー」


 言いながら、彼女は保安検査場をくぐっていってしまった。


「ちょ、主任!」


 おれは慌てて彼女を追おうと手を伸ばし――。



 ――ガンッと頭を打った。


「ぐああああああああ」


 鈍痛に目を覚ますと、おれの部屋の天井があった。


「……夢とか」


 慌てて起き上がると、床にぶつけた頭をさする。


 ……さすがに、ださいな。


「あー、もう。ほんと中学生かよ」


 こんなことがあっても、時間は進む。

 時計を見ると、出社時刻まであと一時間もなかった。


「やべ!」


 慌てて着替えると、おれはアパートを飛び出した。



 …………

 ……

 …



 昼休憩からオフィスに戻る途中、うしろから声をかけられた。


「牧野!」


 つい、その声にびくっとなってしまう。


「な、なんですか?」


「例の企画、どっちの会社で行くか決まったの?」


「あ、あれならどっちも時期尚早かなって」


「そう。わかった。あっちの担当と話しとくわ」


「お、お願いします」


 と、彼女がじろじろとおれの顔を見る。


「…………」


「な、なんですか?」


「あんた、今日なんか変よ?」


「え? そ、そうですかね」


「そうよ。なんか余所々しいし。あ、こら、目を見て話しなさいよ」


 ぐいっと社員証を引っ張られる。


「い、いやそれは、ちょっとまずいかなーって……」


「はあ? あんたね。ふざけてると怒るわよ」


「ちょ、待った、待った。おれ今日、ちょっと首ひねって痛いんすよ。アハハ……」


「……ふうん。まあ、いいわ」


 彼女はため息をつきながら、会議室のほうへと足を向け――。


 ふと振り返る。


「あ、そうだ。明日のハントのことだけど……」


 ぎくり。


「あ、ああ! 明日ですか。いや、すみません。ちょっと用事があって無理かなー、なんて……」


「え……」


「ほんと、すみません。また来週は潜れると思いますんで。それじゃあ、おれ外回りあるんで、失礼します」


「あ、ちょっと!」


 そそくさとオフィスに戻ると、鞄を持って外へと逃げ出した。


「……ハア」


 エレベーターに乗って、ため息をつく。

 いったい、どういうつもりなんだろうか。


 おれのこと振ったのに、本当に普段と変わらない。

 女のひとって、あんなもん?


 そのとき、携帯が震えた。


「……あれ?」



 …………

 ……

 …



「いらっしゃいませー」


「二人で」


「かりこまりましたー」


 テーブルに着くなり、寧々が眉を寄せる。


「なあーんか、しけた面してやがんなあ」


「……ほっとけ」


 彼女は適当に注文を済ませると、携帯を取り出して仕事のメールを打ち始めた。


「今日はどうしたんだ?」


「ちょっと明日、美雪んとこに潜ることになったんだよ」


「へえ。どうしてまた?」


「いま仕事してる顧客が、あそこのダンジョン素材が欲しいと依頼してきてさあ」


 寧々の仕事は、フリーのダンジョン・コンサルタント。

 モンスターの生態系データを収集し、ダンジョン経営に役立てるというものだ。


「美雪に聞いたら、ちょうど水曜はおまえらも潜る日だって言うじゃん? ついでに手伝ってくれよ。礼はするから」


「あー。いや、それは……」


「なに? なんか用事でもあった?」


「いや、おれは構わないんだけど。ちょっと主任は……」


「へえ? あの女がダンジョン無理とか珍しいじゃん」


「そ、そういうわけじゃなくて……」


「うん? なんか、はっきりしねえなあ」


 ……黙っておくか?

 いや、どうせ隠してもすぐバレる。

 このふたり、おれの知らないところで連絡を取り合ってるみたいだしな。


「……実は、主任に振られて」


 寧々は目を丸くすると、ぽろりと携帯をテーブルに落とした。

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