20-完.因果応報


 男が施設の入口から出てきた。

 多くのハンターとわずかな報道関係者に囲まれながら、彼は頭を下げる。


「転移装置の停止を確認いたしました。当ダンジョンは、これにて閉館となります」


 カメラのフラッシュと、惜しむ声が飛び交う中。

 おれと主任は、その人だかりから離れた。


「……なんか、呆気ないものね」


「まあ、危険なので中に入れませんからね」


「消滅の瞬間が見れると思ったのにー」


 おれとアレックスの帰還から、二日後の午後七時。

 ダンジョン『マテリアル・フォレスト』が、予定から半日遅れで消滅した。


 おれたちは仕事上がりに、そのままここへと寄ったのだ。


「でも、よかったですよ」


「なにが?」


「いや、主任のことだし、もしかしたら寧々とついてきてるんじゃないかなーって心配してたんですよ」


「…………」


 すると彼女は、じろりと睨んできた。


「行ったわよ」


「え、マジですか?」


「当たり前でしょ。でも、結局、見つからずに戻ったの」


「……あー」


 そういえば、カンテラの幻術を解かなければ入れないんだったな。


「すみません」


「本当よ! あんた、ひとの気持ちとか、ぜんぜん考えないんだから!」


「アハハ。いや、でもこうして戻ってきたわけだし、セーフってことで……」


「…………」


 彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 そして、じろりと睨み上げてくる。


「で、なに?」


「え?」


「あんた。戻って来たら話があるって言ってなかった?」


「あ。あー……。そういえば、そんなこと言ってましたね」


「あんたね。あのときもそうよ。ひとに言うだけ言って、さっさと帰っちゃうんだもの。あのあと、わたしがどんな目に遭ったことか……」


「は? なにか、あったんですか?」


「……あんたが勝手に帰ったせいで、あたしすごく気まずかったのよ! 店員さんからすごく励まされちゃうし、隣の席のおじさんたちから一杯おごられちゃうし!」


「ど、どうしてですか?」


「別れ話だと思われたのよ、このすっとこどっこい!」


 ガツンッとヒールで脛を蹴られた。


「痛ってえ! そんなの、すぐ出ればいいじゃないですか!」


「すぐ出てって、駅であんたと鉢合わせたら気まずいでしょうが!」


「あー。そっすねー……」


 おれは乾いた笑い声をあげる。


「だから、もう! それ相応の内容なんでしょうね!」


「……あー、主任。ちょっとメシ食いながらとかじゃ、ダメっすかね?」


「ダメよ。わたし、これから会社に戻ってやんなきゃいけないことあるの。いま、ここで言いなさい」


 彼女は腕を組むと、ちらと上目遣いに催促してくる。


「ほら、はやく」


 そのまなざしが、どこか緊張しているように思えた。


「…………」


 おれは腹をくくった。

 まあ、こんな話、酒の力を借りてやるもんじゃないしな。


「……主任。おれたち、アレですよね。いっしょにモンスターハントするようになって、けっこう経ちますよね」


「……ま、まあ。ちょうど一年くらいかしら」


「それで実は、前から思ってたことがあるんですよ」


「うん?」


「主任とダンジョン潜るの、すげえ楽しいし、おれも主任にいろいろ教わること多いんですよね。主任もすぐ飽きるかなーって思ってたんですけど、むしろ熱が入ってく感じだし……」


「……それで?」


「……えーっと、つまりですね」


「…………」


 おれは小さく咳をした。


「これからも、ずっとおれとパートナーでいてほしいって、思ったんですけど……」


 言った。

 言ってやった。


 多少は噛んだが、まあ、許容範囲だろう。

 おれはもともと、そういうの慣れてないしな。


 やべえ。

 すげえ緊張する。


 主任、返事はなんて……。


「…………」


 あれ?

 なんだ。


 主任が明らかにがっかりした顔をしている。

 彼女は生気の抜けた感じで、特大のため息をついた。


「……あー。そうよねえ。あんた、そういうやつだったわよねえ」


「え? しゅ、主任? なにが?」


「……なんでもないわ。はいはい、これからも仲よくダンジョン友だちでいましょうねえ。じゃ、わたし仕事あるから。おつかれー」


「あ、は、はあ。おつかれさまです……」


 彼女はひらひらと手を振ると、駅のほうへと歩いて行ってしまった。


「…………」


 ひゅうっと、生温かい風が吹き抜けていった。


 と、見計らったかのように携帯が鳴った。


『ハーイ、マキノ。きみのピーターさ! そろそろプロポーズは成功したころだと思って電話したんだけど――』


「……主任にフラれた」


 通話の向こうで、ガタッとなにかを倒す音がした。


『どゆことホワイ!?』


「いや、なんか、これからも友だちでいましょうねって……」


『え、あ、う、お? ま、待った。ちょっとウェイト!』


『リーダー。さっきからなにを……』


『ま、マキノが黒木チャンにブレイクハートだって……』


『……なにそれ詳しく』


『おーい。顧客から電話が……』


『マイク、待たせろ! いま、それどころじゃないんだよ!』


 ぎゃあぎゃあと勝手に騒ぎ出すあいつらをしり目に、おれはベンチにうなだれた。


 ……あー。明日から、どうしよ。

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