20-5.虚構と現実の狭間で


 意識が遠くなっていく。

 刃を立てた傷口は熱く、血がどくどくと流れていった。


「ユースケ!」


 アレックスがおれを抱き起す。


「……どうして?」


「…………」


 なにか返事をしなければ。

 そう思うが、うまく言葉は出てくれなかった。


 ……せめて、あのことだけは。


『……しらけたわー。マジでつまんなーい』


 ラミアが舌打ちした。


『ていうか、手がないと困るじゃーん。あー、もー。そこら辺のモンスターでも使って引き上げれば……』


 アレックスが、アンダーソンの指輪を構える。

 しかし彼女は、余裕の笑みを浮かべるだけだった。


『……なにー。あんた、そんなオモチャでわたしとやろうってのー。マジでウケるんですけどー』


「そんなの、やってみなくちゃ……」


『わかるってのー。あんた、バトル専門じゃないっしょー? もしそうだった、とっくに攻撃してるもんねー。そのオトコみたいにさー』


「……っ!」


 ラミアの手のひらから、巨大な炎が噴き上がった。


『もうあんたらには興味ないのー。さっさとどかないと、マジで殺しちゃ……』


 そのときだった。


「――清き炎よ、正しき道を示せ!」


 突然、この湖の景色がぐにゃりと歪んだ。


 ――ズドンッ!


 そして次の瞬間、ラミアの腹を鋭い一角が貫いていた。


『え――』


 やつはその傷に触れ、手のひらがべっとりと血に濡れているのに目を丸くする。


 弱々しく振り返る。

 そこには、モノケロースが鋭い眼光を放っていた。


「お兄さん!」


 カンテラが駆け寄ってきた。


「大丈夫!? 死なないで!」


 がっくんがっくん。


 ……ご、ごめん。あんま揺らさないで、本当に死ぬ。


 ラミアが喀血した。


『ハ、ハハ……。マジ、くそったなんですけどー。あんたら、いつの間に……』


 その身体に、魔力が渦巻いていく。


『ウアアアアアアアアアアアアアアアア』


 その大蛇の尻尾をモノケロースの首に巻きつけ、ぎりぎりと締め上げる。

 モノケロースが暴れ、やつを放り出した。


 地面に落ちたラミアは、そのまま森の中へと飛び込んだ。


『くそが、くそが! あんたら、マジで許さねえし! ぜってえ殺してやる!』


 その言葉を残して、やつの気配は森の奥へとは消えていった。


「ユースケ! 手当てを、はやく!」


「お姉さん、落ち着いて! 大丈夫だよ!」


「だ、大丈夫じゃ……」


 そのとき、おれの脇にモノケロースが立った。

 その瞳から、大粒の涙が浮き出る。


 そして、それはおれの傷口に落ちた。

 その瞬間、傷口が強い光を放つ。

 

 傷がみるみる塞がり、完全に癒えてしまった。


 ――モノケロース。

 その特性は、圧倒的な回復スキル。


『…………』


 モノケロースはおれをじっと見据えると、ふいとそっぽを向いて前脚を上げる。

 そして大地を踏むと、そのまま森の向こうへと跳んでいった。


 おれはその様子を、呆然と見つめていた。

 まさか、モンスターから命を救われるなんて……。


 ――あっ。


「あのラミアを追わなきゃ……!」


 おれが立ち上がるのを、カンテラが止めた。


「もういいの!」


「よくないだろ! あいつ、もし生きてたら、またここに……」


「ううん! 大丈夫、あの方がいるから!」


「……あの方?」


 おれはふと、森の向こうに微かな魔力が漂うのを感じた。


 知らない香りだ。

 でも、なぜか知っているような気がする。


 これは――。

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