20-4.――――


 ……なんだ?

 身体が勝手に動く。


 おれの意思を無視して、おれの身体は湖のほうへと歩いて行った。


 これはまずい。

 もしかしなくても、おれを使ってエレメンタルを確保するつもりだ。


 これはおそらく幻術系のスキルだ。

 おれもアレックスも、解呪スキルは持っていない。


『うーん、いまいち動きが鈍いなー。でも言うこと聞いてるし、まあいっかー』


「あ、アンダーソン!」


 アンダーソンがラミアに襲い掛かり、巨腕を振り上げた。


『おっとー。それマジでないわー』


 ラミアが指を回した。

 おれの腕が動き、剣を自分の首筋にあてる。


 アンダーソンの腕が、寸でのところで止まった。


『あんたさー。ほんと空気読めてないわー。こいつ殺されたくなかったら、そこで大人しく見てろってのー』


「……っ!」


 アレックスが悔しそうに歯ぎしりする。

 その姿を見て、ラミアがふと言った。


『あ、そうだー。いいこと思いついたー』


 そして、おれの身体をアレックスへと向けた。


「な、なにをする気なの!」


『いやさー。さっきも言ったじゃん? わたしぃ、あんたらみたいなの見てると、マジでむかつくわけー。信頼してるとかー、愛し合ってるとかー。虫唾が走ってのー?』


 その目には、獰猛な光が宿っていた。


『だからー。ちょっと殺し合ってもらおっかなー。みたいな?』


 剣を持ったおれの腕が、そっと持ち上がる。

 その刃は、アレックスに向かって振り上げられた。


『あんたがその男を殺したらー、あんたは助けてあげるー。そんでー、あんたが殺されたらー、その男は逃がしてあげるー。わたし、マジで優しいっしょー?』


「…………」


 アレックスが震えている。

 その目は恐怖におびえ、おれをじっと見つめていた。



 ――ふと、昔のことを思い出した。



 あれはまだ、おれとアレックスがパーティを組んでしばらく経ったころ。

 この『マテリアル・フォレスト』で活動をしていたころに、彼女に聞いたことがある。


『……じゃあ、〝ユースケ〟と〝シュースケ〟が似てたから、おれに声をかけたってこと?』


『えぇ。そうよ』


 彼女は悪びれずに答えた。


『わたしは兄さんを見つけるために、日本に来たの。ふたりで世界のダンジョンを回る約束をしたわ』


『ふうん』


『あら。もしかして、拗ねたのかしら』


『……そんなわけないだろ』


 おれは彼女の顔を見ていられなくて、そっぽを向いた。

 そしてあまりに幼い自尊心を満たすためだけに、彼女にひどいことを言う。


『……見つけることができなかったら、どうするんだ?』


『……意地の悪いことを言うのね』


『い、いや、だって、しょうがないだろ。ダンジョンでの行方不明者が生存していたなんて、聞いたこともない』


『……そうね。あなたの言うとおりだわ。わたしもわかってるつもりよ。おそらく、兄さんは生きてはいない』


『…………』


『でも、まだ諦められないの』


 そう言って、アレックスはおれをまっすぐ見た。


『ねえ、ユースケ。もし、わたしが兄さんのことで心の整理がついたら……』


 彼女はその暗い未来に怯えるように、おれの手を取った。


『わたしと一緒に、世界を回ってくれる?』



 ――おれは腕に力を込めると、その刃を自身の腹に突き立てた。


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