19-3.身辺整理


 そして準備もほとんど終わり、金曜日の業務中のことだった。

 隣の席の岸本が、不思議そうに聞いてきた。


「……おまえ。書類整理なんてやってどうしたの?」


「うーん。まあ、なんとなく」


「そんなの、決算のときでいいだろ。それに、そっちの書類とかなに?」


「あ、ちょっと引継ぎのあれこれ」


「は? ……おまえ、辞めるの?」


「え。あ、いや、いや。そんなわけないだろ。業務はまとめとかないと、もしおれが病気にでもなったら大変だろ?」


「えー。おまえ、そんなやつじゃねえだろ」


「なんとなくね」


「うーわ。明日、雨降るんじゃねえの?」


 やかましい。


 と、そこで主任が会議から戻ってきた。

 彼女が席につくのを見計らって、そちらに駆け寄る。


「あ、主任」


 じろり。


「なに?」


 どうやら、まだご機嫌は斜めらしい。


「……えーっと。ちょっと、お話があるんですけど」


「ふうん。今度はどこの国の女に言い寄られて困ってるわけ? アラブ? 石油王にしてくれるとか言ってるのかしらねえ」


「あ、いや、そういうんじゃなくて……」


 このひと、アレックスが関わると本当に機嫌が悪い。

 まあ、それは逆もまたそうだ。


 このふたり、接点ないはずなのに、どうしてこんなに仲が悪いんだ?


「えーっと。その、今日の仕事終わり、ちょっと飲みに行きませんか、なんて」


「…………」


 彼女は訝しげに眉を寄せる。


「なによ。改まって」


「あー。ちょっと、話しておかなきゃいけないことが」


「話さないといけないこと?」


 彼女は眉を寄せるが、やがてなにかを思い至ったように目を丸くする。


「……あ」


 そう言って、ふと目を伏せた。


「……も、もしかして、アレックスさんのこと?」


「え、えぇ。まあ、それもあります」


「…………」


 小さくため息をつく。


「わかったわ」


 そう言って、なぜか肩を落とした。

 手でシッシッと「あっち戻れ」とジェスチャーする。


 おれは首をかしげたが、言われた通りに席に戻る。

 仕事も今日中に終わらせないといけないしな。


 ……しかし、怒ったりしょぼくれたり、なんなんだ?



 …………

 ……

 …



 ホテルの一室。

 アレックスは、ふと目を覚ました。

 窓からは、日の光が射し込んでいる。


 こんな時間まで寝たのは、本当に久しぶりだ。

 ……正しくは、朝方まで眠れなかったのだが。


 シーツが肩から滑り落ちて、自分が裸だと思い出した。


「……ユースケ」


 呼ぶが、返事はない。


 あぁ、そうか。

 彼は今朝、仕事だと行って出て行った。


 着替えるかどうかを考えながら、シャワーを選んだ。

 バスルームに入り、熱い湯を浴びながら考える。


 自分は、なにを求めているのだろうか。

 兄の消息が知れたいま、ダンジョンでなにがしたいのか。


 でも、それはまず置いておこう。

 自分には、やらなければいけないことがある。


 ――『マテリアル・フォレスト』。


 エレメンタル消滅まで、あと四日。

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