19-2.久々の登場ですよ


 ――その翌日。

 仕事終わりに、おれは家とは違う方向に足を向けた。


 渋谷駅で降りると、ハンターショップ『ガリバー』のドアを開けた。


「お、牧野坊じゃん」


 皐月さんは、いつものようにカウンターでだらだらしている。

 とても接客をしようという態度じゃない。


「どうも」


「どうした?」


「ちょっと補助アイテムを買い溜めに来ました」


「へえ。おまえがこいつらに頼るなんて珍しいじゃん。どっか大きなハントでも行くの?」


「まあ、ちょっと面倒ではありますね」


 棚に並ぶそれらを片っ端からカゴに入れていく。


「……大盤振る舞いだねえ。そんなに買って、なにを狩ろうっての」


「ちょっと、人型モンスターを」


「…………」


 皐月さんは特に驚いた様子は見せずに、タバコに火を点けた。


「ふうん。そりゃ確かに面倒だねえ」


「……やっぱり、知ってたんですね」


「まあねえ」


 ――天野皐月。


 ハンター協会、アジア支部の元幹部。

 当然、彼女が知らないはずはないか。


「どうして教えてくれなかったんですか?」


「そりゃ、あんまり広めたくないことだからね」


「どうして?」


「ダンジョンを『遊び』で留めておくためさ」


「はあ?」


 彼女はタバコをくわえると、両手で大きな〇をつくった。


「例えば、太平洋の真ん中に、第七の大陸が出現したとする」


「はあ?」


「例えばの話だよ。地図になかった大地。そして資源。その先住民は不思議な術を使うが、わたしたちと比べてあまりに数が少ない」


「…………」


「もしそこが『手に入れられる大地』だと知ったとき、お偉いさんはどうするだろうか」


「侵略する、でしょうね」


「十中八九、そうなるわな。特にエレメンタルなんて、あの水晶ひとつで十年もダンジョンに魔素を供給し続けるどえらいエネルギーだ。そんなもんを狙って、誰かが抜け駆けする。すると、どうなる? おまえも子どもじゃないんだ。そのくらいの想像力はあるだろう?」


「…………」


「それだけじゃない。モンスターたちもまた、未知の資源だ。おまえ、カゲワタリは何度くらい狩ったことがある?」


 カゲワタリ。

 ダンジョン『KAWASHIMA』に生息するワープスキルを持ったモンスター。


「さあ。現役のころからだと、数えきれない、かな……」


「ワープなんてものを実現できる資源が、半年単位で湧いてくる。そんなものを本格的に収集するようになれば、この世界は何足跳びで進化するかわからない。そして身の丈に合わない過度な進化は、同時に破滅への序章だ」


「それで、隠してるんですか?」


「ダンジョンの管理が政府から民間企業に移ったとき、そういう方針になった。おまえも気をつけな。変に口を滑らすと、明日からお天とさんを拝めなくなるよ」


 物騒な言葉に、ぞっとする。


「……え。いや、そんな馬鹿な」


「いまの時代、情報は命よりも重いぞ」


「…………」


「まあ、わたしはそういうのに嫌気がさして辞めちゃったんだけどね」


 言いながら、彼女はアイテムをビニール袋に詰めていった。


「あの、人型モンスターについて聞いても……」


「これ以上はダメだ。わたしが言ったのは、あくまで『そいつが隠されている理由』だけ。おまえも理解したら、それ以上は口にしないように心得るんだな」


「……はい」


 おれのカードをレジに通しながら、彼女は小さなため息をついた。


「でも、アレだな。師匠として、おまえに送ってやれる言葉があるとすれば……」


「…………」


「まあ、死ぬなよ」


「……はい」


 おれは店のロゴの入ったビニール袋を受け取った。

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