18-完.と思ったけど最初からこんなもんでした


 少し歩いたところで、突然、視界が開けた。

 そこには澄んだ湖があった。

 そのほとりに座ると、カンテラが先ほどの葉に水をすくう。


「お兄さん。こっちに……」


「…………」


 差し出されたその水を口に流し込んだ。


 すうっと、痛みが引いていった。

 そして同時に、忘れていた記憶がまざまざとよみがえってくる。


 ――異常に強いカマイタチを従える、ハーピィの少女。


 この記憶は、いったい……。


「……思い出したんだね」


「あいつは、なんだ?」


「あいつ?」


「ミコトって……」


「やっぱり騒乱の巫女だ。でも、どうしてお兄さんに?」


「なんか、姉の記憶をもらうとか、なんとか……」


 すると、カンテラが目を見開いた。


「驚いた。お兄さん、先代さまとも知り合いなの?」


「誰だ?」


「あぁ、そっか。もしあの方の記憶操作なら、こんな解呪の葉じゃ無理だよね」


 よくわからないが、どうにもおれは、ふたりのハーピィに会ったことがあるらしい。

 いま覚えているほうが、あの人間に化けていたハーピィということか。


「騒乱の巫女って、なんなの?」


「騒乱の巫女は、この世界の混沌を司るお方。時代の変革期っていうときに、争いの火種を生む存在だって聞いた」


「はた迷惑な……」


「でもこの世界にとっては必要な存在だからって、お母さんは言ってた」


 ……いまいち話を聞いてもピンとこないな。


「その、先代っていうのは?」


「七眷属の巫女をまとめる存在。変革期に生まれる『未来さき詠み』の力を持つお方。本当なら、あの方が騒乱の巫女を継ぐはずだった」


「じゃあ、どうしてあのハーピィはそいつを探しているんだ?」


「あの方は突然、姿を消したの。うわさじゃ妹さまの手にかかったと聞いていたけど、生きていらしたんだね」


「……まあ、おれは思い出せないけどね」


 とにかく頭痛は治まり、あの謎のハーピィのことは思い出せた。

 とりあえず、これからどうしようか。


 ……というか、おれたちは帰れるのだろうか。

 このカンテラという少女は、あまり敵意があるようには見えないが。


「あれは?」


 ふと、アレックスが指さした。

 それは湖のほとりにある小さな石碑だった。


 カンテラが、表情を曇らせた。


「……お兄さんの世界のひとたち」


「どういうこと?」


「墓標なの。たまにね、モンスターに襲われた異界人が、この場所に迷い込んでくることがあるんだ。そんなひとのお墓を、ここに立ててる」


 アレックスが立ち上がった。

 その墓標の前に屈むと、そっと表面を指でなでる。


「どうした?」


「これ……」


『……

 イトウコウジ

 サカエマサヒコ

 バンドウシュウスケ

 タカミカオル

 ……』


 おれはその名前をじっと見つめた。


「アレックス……」


 彼女は唇を噛み、その文字をなでた。


「……ここに、いたんだ」


 そう言って、涙を流した。


「探したよ。兄さん……」



 …………

 ……

 …



 しばらくして、その家をあとにした。

 意外にも、カンテラたちはおれたちをそのまま送り出してくれた。


「……あんたたちは、記憶をいじらないのか?」


「それができるのは、先代さまとミコトさまだけです。わたしたちは、眷属でもそれほど力は持っておりませんので」


 アレックスが、おずおずと言う。


「あの。明日、また来てもいいですか。兄さんに、花を……」


 しかし、マイロは首を振った。


「……本来、この場所は異界人たるあなた方を入れていい場所ではありません。それに、ここにはカンテラがいなければ入れませんので」


「…………」


 その肩に手を置いた。

 彼女は小さく震えながらも、しっかりとうなずいた。


「それじゃあ」


 おれたちは振り返ると、帰途につこうとした。

 そのうしろで、カンテラたちの会話が聞こえる。


「お母さん」


「いけません。それは、ダメです」


「でも……」


 おれはその会話が気になり、歩みを止めて振り返る。


「……なにかあるんですか?」


 マイロは首を振った。


「いいえ。これは、わたしたちの問題ですので」


「……そうですか」


 再度、歩み始めようとしたときだった。


 カンテラが叫んだ。


「お兄さんたち。あたしたちを、助けてくれませんか!」


 その言葉に、思わず振り返る。

 彼女は涙をためた瞳で、じっとおれたちを見つめていた。

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