18-4.モノケロース


「あたしカンテラ。お兄さんたちは?」


「…………」


「…………」


 おれたちが呆然としていると、少女はにこにこ笑いながら手を振った。


「どうしたの? おーい、おーい」


 ハッとして応える。


「え、えっと……」


 なにを言ったらいいのか。

 敵意があるようには見えないが、それでも得体が知れない。


 人型で、しかも言語を話すモンスター。

 そんなもの、これまで聞いたこと……。


 ――ズキリ。


「痛っ!」


 なんだ?

 頭に激痛が走った。


「どうしたの? 怪我してるの?」


「い、いや……」


 そこで、アレックスがおれをかばうように立った。


「……あなたは何者?」


 少女は不思議そうに首を傾げた。


「あたしカンテラだよ?」


「いえ、名前じゃなくて……」


「いつもカンテラ持ってるから、そう呼ばれるの」


 そう言って、彼女は灯りのない小さなランプを掲げた。


「…………」


 まるっきり話が通じていない。

 アレックスも困惑していた。


「どうする?」


「……そうだな。この子に興味はあるけど、ここは逃げよう」


「そうね。じゃあ、わたしがアンダーソンで……」


 と、話しているときだった。


 ――ズズーン……。


 微かな地鳴り。

 なによりも驚いたのは、その発生源が限りなく近かったということだ。


「あ、テンペス」


「……え?」


 カンテラという少女は、おれたちの背後を指さしていた。

 一瞬、前まではなにも気配がなかったはずの場所。

 しかしそこに、ぞわぞわと総毛立つような異物がいるのがわかった。


「……アレックス」


「……えぇ」


 恐る恐る振り返る。

 そして、案の定だった。


 そこには、白く美しい馬がいた。

 豊かなタテガミは風もないのにさわさわとなびき、その鋭い一角は太陽の光を浴びて輝いている。


 ――モノケロース。


 いわゆる、ユニコーンと呼ばれるモンスター。

 きわめて獰猛で、素早く、その角は万物を貫く。

 しかし同時に、あらゆる病を癒す力も持っているという。


 他に比べれば小型ながら、この『マテリアル・フォレスト』を代表するレジェンド・モンスター。


 その緑色の瞳が、おれたちを静かに見据えている。


「…………」


 動悸が激しい。

 頭の中が真っ白になっていた。


 戦えば、無事では済まない。

 それほどの圧倒的な存在感だった。


 アレックスだけでも、ここから逃がせれば……。


 おれが剣の柄に手を添えたときだった。


 ――ぐらり。


 突然、モノケロースが倒れた。

 おれたちは、それを呆然と見つめている。


「テンペス!」


 カンテラがそれに慌てて走り寄った。

 そして、泣きそうな顔でそのタテガミをなでる。


 その呼吸が荒い。

 よく見れば、その胴体に鋭い傷痕があった。


「お兄さん、お願い。この子を家まで運ぶの手伝って……」


 おれとアレックスは、顔を見合わせた。



 …………

 ……

 …



 アンダーソンにブーストを施して、おれたちはモノケロースを森の奥へと運んでいった。

 やがて『未踏破エリア』の入り口で、カンテラは石油ランプを掲げた。


「清き炎よ。正しき道を示せ」


 するとランプに小さな灯がともった。

 それと同時に、目の前の景色がぐにゃりと曲がる。


 そして目の前には、一本のけもの道が現れた。


「まさか、こんなことが……」


 このダンジョンの未踏破エリアは『惑いの森』と呼ばれていた。

 いくら進んでも、同じところに戻っていく。

 誰もがその先を見たことがない、難攻不落のダンジョンだった。


 やがて進んだ先――。

 そこに、小さなレンガ造りの家屋があった。


 カンテラが振り返ると、どこか興奮した様子で言った。


「ようこそ、お兄さんたち。ここが、あたしの家だよ」

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