18-3.果てに潜むもの


 アレックスの兄は、名を坂東秀介といった。

 生粋の日本人だ。


 それはアレックスがハーフだとか、再婚のどうのという話ではない。


 アレックスと坂東は、いわゆる孤児院の出身だった。

 施設の名を『未来の家フューチャー・ハウス』。

 ダンジョンの管理が政府から民間のハンター協会に委託されたころ、同時にスポンサー企業が設立したものだ。


 身寄りのない子どもが、ダンジョン攻略のための教育を受ける場所。

 直接は見たことがないが、そこでは新しいサブウェポンやスキルなどの研究も行われているらしい。

 いまでは世界ランク上位の多くは、その孤児院の出身者だ。


 だからまあ、兄と言ってもそれは血縁の関係ではない。

 その施設ではふたり一組を「兄弟」として育てる方針だったというわけだ。

 それはハンターとしての「パートナー」の意識を育てることが目的なのだろう。


 アレックスよりも五歳ほど年上の坂東はそれだけ早く免許を獲得し、プロとして独立した。

 彼は故郷である日本を活動の拠点として、まだ生まれて間もないこの『マテリアル・フォレスト』の攻略にあたっていた。

 そのころはまだ、ダンジョン内の設備はいまほど整ってはいなかった。

 彼はこのエリアの攻略をすると言い残し、そして帰らぬひととなる。


 アレックスは来日し、おれとパーティを組んでからずっとこのダンジョンの攻略にあたっていた。

 坂東が消えてすでに何年も経っていたし、もはや生存は絶望的だった。

 それでも彼女は、兄を探し続けていた。


 そして日本で数年の活動の末。

 おれがトワイライト・ドラゴン討伐に失敗したことを機に、彼女はアメリカに戻った。

 それ以来、このダンジョンには来ていないという。


「本当に、あのころと変わってない」


 アレックスは言いながら、周囲を見回した。

 そしてふと、ある樹木を指さした。


「見て。あのくぼみ。覚えてる?」


「覚えてる。よくここで昼飯を食った」


「ここであなたの寝顔を見ていると、不思議な感じがしたわ」


「不思議な感じ?」


「そのまま、時間が止まってしまうような……」


「…………」


 ひそひそと、小さな声が聞こえる。

 精霊種が、おれたちを見ているのだ。


 小さなモンスターたち。

 彼らは普段、おれたちには見えない。

 それと同時に、やつらはおれたちに積極的に危害を加えることもない。


 しかしこの森を汚そうとすると、途端にやつらは狂暴な本性を現す。

 木々や獣に憑りつき、おれたちを襲うのだ。


 だからまあ、このダンジョンの攻略方法はいたってシンプル。

 襲われるまでは、こちらから手を出さないこと。

 そうすれば、『未踏破エリア』までは比較的安全に移動することができる。


 アレックスが、うるんだ瞳を向けてくる。


「ねえ、ユースケ」


「…………」


「あのときの言葉、覚えてる?」


「……覚えてる」


 当然だ。

 忘れたことはない。


 おれはあのとき――。


「ユースケさえ、よかったら――」


 彼女が言いかけた、そのときだった。


「――異界人デリ・ヒューマン!」


 幼い声に、おれたちは振り返った。

 そして視線の先にいるものを見て、おれたちは言葉を失っていた。


 ――馬の半身を持つ、幼いケンタウロスの少女だった。

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