16-6.絶対に押すなよ


「もう。水着に着替えるっていうなら、ちゃんと言いなさいよ」


「……いや、言おうとしたんすけどね」


 おれの顔面には痛々しいひっかき傷が。

 勘違いした主任にえらい抵抗された結果だ。


 眠子がけらけら笑っている。


「ヒールあるからいいじゃーん」


 そういう問題じゃねえよ。


 まあそういうわけで、主任はここのレンタル品である黒いビキニを着ている。


「……ていうか主任、けっこう派手なの着るんですね」


 いやあ、眼福だな。

 と、主任が慌てて身体を隠すようにする。


「こ、これは、違うの……!」


「違う?」


 眠子が手を振る。


「牧やん、それ違うよー」


「え、どゆこと?」


「ワンピースタイプもあったけど、サイズがきつかったんだよねー」


「は? いや、主任って細いし、サイズが合わないなんて……」


「いや、だからさー」


 眠子が自分の胸の前で、大きな山をつくるジェスチャーをする。


「…………」


「あ、牧やんがえろいこと考えてるー」


「ち、ちち、違えし!」


 ハッ。

 主任からすごくアレだ。

 ぐぬぬぬ、と親も殺しそうな視線を向けられている。


「うおっほん」


 咳をして誤魔化そうと試みる。

 そして、おれは眠子を見た。


「……ていうか、なんでおまえも着てるわけ?」


 いつの間にかハンモックなど掛けてくつろぎモードの眠子さん。

 なぜかスクール水着にサングラスをかけた格好で、どや顔で答えた。


「サービス的な?」


 誰にだよ……。


「もう、わたしの格好はいいから! はやく魔法スキルを試しましょうよ!」


 あ、そうだったな。


「えーっと。一応、お試しということで、主任にはここで最もレベルの低い魔法スキル『ウォーター・スラッシュ』を取得してもらいました。これは自分の剣に水をまとわせて、水属性攻撃を上乗せする技です。上達すれば射程も伸びる優れものですね」


「ふむふむ」


「じゃあ、まずは身体を水になじませましょう」


「どういうこと?」


 おれは眠子と目を合わせる。


「あら。どうしたの? 二人とも、どうしてわたしの腕と足を抱えるのかしら? ちょっと待って。まるでアレね、ブランコみたいね。懐かしいと思うけど、ちょっとこれはよくないわ。だってわたし、どうなるかだいたい想像がついて……」


「わっせよーい」


「うぇーい」


 おれと眠子が手を放すと同時に、主任の身体が宙を舞った。


「きゃああああああああああああああああ」


 どぼーん。


 眠子は清々しい笑顔で言った。


「魔法スキルの監督やるとき、これがいちばん楽しいんだよねー」


「あっはっは。まったく、こんなクズの師匠の顔が見てみたいぜー」


 向こうから主任の声が響いた。


「牧野! あんた覚えてなさいよー!」

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