16-5.とりあえずやっとけ的な意味で


 ダンジョン『叫びの埠頭』。

 おれもかつて一度、このクエストには参加したことがある。


 おれたちは『薩摩連隊区』のギルド紋章が入ったコートを羽織り、そのダンジョンに降り立った。


「な、なにここ!?」


 主任が目を丸くした。


 このダンジョンはまた特殊な形態だ。


 見渡す限りの大海原。

 大海に浮かぶ三つの孤島。

 おれたちは、その右の島の浜辺にいた。


 眠子が大きな欠伸をする。


「ここ潮風で髪がべたべたするからいやなんだよねー」


「そのくらい我慢しろよ」


「いやあ、牧野どんのパーティは華やかでいいでごわすなあ」


 西郷さんの言葉に苦笑する。


「そういえば、守備の配置は?」


「『疾風迅雷』は親島で、おいどんらはここ子島の防衛でごわす。孫島は各地から集まったハンターたちで、四国のギルドが仕切る予定ですたい」


 なるほど。

 主任が首をかしげる。


「親島ってなに?」


「あぁ、この三つの島の名前ですよ。それぞれ大きさでそう呼んでいます」


「ふうん。じゃあ、あの向こうに見える小さな島は?」


 指さしたほうには、はるか遠くの離島が見える。


「あれはハワイでごわす」


「ど、どうしてですか!?」


「いやあ、島の命名権は当時の発見者にありますからなあ。大方、どこぞのハンターが悪ふざけで名付けたんでしょう」


「……変なひともいたものですね。ね、牧野?」


「そ、そうですねー。ははは……」


 言えない。

 まさかアレの名付け親が……。


「お、黒木どん。いい装備でごわすなあ。さすがは牧野どんのパートナーでごわす」


「あ、は、はい。ありがとうございます」


 しかし主任、さっきからなんか西郷さんにびびってる?

 確かに強面だけど、どうしたんだろうか。


 そう思ってると、彼女がいそいそとおれに耳打ちした。


「そ、それで、ザビエルってのはどこよ?」


「あぁ、まだ出ませんよ」


「どういうこと?」


「やつは海洋生物です。この海の中に潜んでいて、ランダムに海上に現れたところを倒します。だから、それまでは待機なんですね」


「そゆことー。じゃあ、わたし寝てるから起こしてねー。あ、べつに起こしてくれなくてもいいやー」


 待てこら。

 おれは木の根元でお昼寝モードに入ろうとする眠子の襟を掴む。


「な、なにー?」


「おまえはべつに役目があるだろ」


「あー。えー。でもなー。なんか気が進まないなー」


 主任が首をかしげる。


「なにするの?」


「待ってる間、主任が魔法スキルを覚えられるか試します」


「あぁ、なるほど!」


 西郷さんが笑った。


「はっはっは。レイドボス戦の途中でスキルの訓練とは、牧野どんは相変わらず自由奔放でごわすなあ」


「す、すみません」


「よかよか。そげんしても、黒木どんは魔法スキルを覚えたいのでごわすか?」


「は、はい」


「その志はよかですたい。存分に試すといいでごわしょう」


「ありがとうございます!」


 主任が、がばっと頭を下げた。


「……主任、西郷さんがどうかしたんですか?」


「……あんた。あの方、〇×ITの社長さんよ」


「え……」


 それって、業界では西日本を牛耳っていると噂の?


「……よく知らずにいたわね」


「いや、だって本人は普通のサラリーマンだって……」


 た、確かにあんな大きなギルドを運営して、おかしいなとは思ってたけど。


 主任がため息をついた。


「それよりさー。やるならはやく始めようよー。わたし、さっさとやって寝たいー」


「あ、そ、そうだな。じゃあ、主任……」


「えぇ。どうすればいいの?」


 おれは眠子と顔を見合わせる。


「とりあえず脱いでください」


「とりあえず脱いでねー」


 主任の顔が引きつった。

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