16-3.やせいのちんぴらがあらわれた


「さっきの話、聞こえちゃったんですけどー」


「さっき?」


「ほら、ザビエルがどうのって」


「あー……」


 向こうの席に、彼の仲間らしき男たちがたむろっている。

 みな、こちらに視線を向けてにやにやとしていた。


「明日からのハントの話ですけど。それがどうしました?」


「いやあ。お兄さんたち、ここらのハンターじゃないでしょ?」


「そうですね」


 ということは、こいつらはここの常連ってことか。


「きみたちもハントを?」


「そっす。三年になります」


 そんなやつらが、なんの用だろうな。


 するとその男は、へらっと笑いながら言った。


「一応、忠告って感じなんですけど。やめといたほうがいいんじゃないですかー?」


「はい?」


「いや、ほら。親切心なんすよ? ちょっと誤解しちゃ困るかなって感じなんですけどー。昼間、ダンジョンでお兄さんたちを見ちゃいましてー」


 昼間というと、アレか?


「そのお姉さん、アントイーターのトラップに引っかかってたじゃないですかー。そんなド初心者に、あのクエストは危ないかなって思うんすよねー」


 主任が、ぴくっと反応した。


「それにお兄さんのほうもっすよ? あんなトラップも見抜けないんじゃ、お話にならないっすよねー」


「…………」


 男は得意げに続ける。


「それにほら、装備もレンタルだったじゃないですか。まだ駆け出しなんでしょ? まあ、始めたばっかで大きなクエストに参加したいって気持ちはわかるんすけどね。でも命あっての物種って言いますしね」


「は、はあ」


「それにアレ、やっぱ九州のハンターにとっちゃ大舞台だしなあ。よそ者に荒らされてクエスト失敗なんてことになったら、上のひとたちが恐えんすよね。だから、やめときません? ね?」


 あー。

 そういえば、そうだったな。


 地方開催の合同クエストでは、こういうことがよくある。

 自治体としては町興しの一環にもなると喜ばれるが、地元ハンターにとってはあまり歓迎されたことではない。

 よそ者の力を借りてはプライドが傷つくという考えのやつらは確かにいる。


 えーっと、昔はどういう風にあしらってたっけなあ。


「……ご忠告、ありがとうございます。まあ、危なくなったらすぐ退散するんで」


 おれは面白くなさそうな顔の眠子たちの皿に肉を乗せていく。


「おい、おまえらも残り食べちまえよ。もう出るぞ」


「はーい」


「しょうがねえなあ」


 おれの対応に、男は詰まらなさそうな顔をした。

 そしてふと、主任のほうをねっとりとした視線で見やる。


「あ、でもそっちのお姉さんさえよかったら、おれたちといっしょに潜りません? そっちのお兄さんと潜るより、ずっと楽しいと思うんだけどなー?」


「…………」


 しつこいやつだな。

 まあ、店を出てしまえば――。



 ――バシャッ。



 途端、店がにわかにざわめく。

 おれの目の前に、空っぽのコップが浮かんでいた。


 いや、浮いているのではない。

 それを持っているのは、紛れもなく主任だ。


 説明すると、飲みかけの眠子ちゃん特製スペシャルドリンクを男にひっかけたのだ。


「お生憎ね。わたし、あなたみたいな口から動くタイプは嫌いなの」


「…………」


 男は呆然としていたが、やがてその顔がみるみる赤くなっていく。


 おれは慌ててガニマタに視線を送る。

 やつはうなずくと、主任と眠子を立たせた。


「ほら、黒木さん。行きますよー」


「あ、ちょ、なにするの!?」


「姉ちゃんも自分で歩いて」


「えー。めんどくさー」


 おれはハンカチを取り出して、そいつの顔を軽く拭いた。


「す、すみません」


「すみませんじゃねーよ!」


「あはははー。まあ、初心者なんで許してやってくださーい」


 そう言って、伝票を持ってその場を逃げ出した。


 すぐさま会計を終えて店を出る。


 あー、くそ。

 お釣りもらい損ねた……。


 外には、ぶすっとした顔の主任たちが待っていた。


「逃げることないじゃない!」


「こんなとこで問題起こしちゃダメでしょ」


 おれはため息をつく。


「ていうか、主任。あんな挑発に乗らないでくださいよ……」


「な、なによ! あんただって悔しくないの!?」


「あんなの粋がってる子どもじゃないですか。適当にあしらっておけばいいんですよ」


「で、でもでも! わたしは嫌よ!」


「どうして?」


 主任はむっとした顔で言った。


「わたしは、ひとは正しい評価をされるべきだって思っているわ。あんたがダンジョンでは優秀だってことは知っているもの。それをわたしのせいで、あんな……」


「……主任」


 と、隣から声がする。


「いいぞー牧やん。そこでちゅーだ」


「さすが牧野さん。見せつけるよねえ」


 うるさいぞガキんちょども!


 主任もハッとしたように、慌てておれから距離を取る。


「と、とにかく! あんなやつら、ぎゃふんと言わせてやりましょう!」


 おれはため息をついた。


「いや、たぶん無理ですよ」


「え?」

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