主任、レイド戦に参加しましょう(中)

16-1.一応、申請はしました


 ダンジョンから現代に戻った。

 施設の隅で、おれたちはモンスター核の換金を待っていた。


「う~~~~!」


「そーれ、がんばれ、がんばれー」


 主任が眠子を持ち上げようと必死になっている。


「主任、さすがにこっちでは無茶ですよ……」


「やればできるよー。もっと自分を信じよ? ねー?」


 しかし彼女をひょいひょい持ち上げていたのは、魔素マナの満ちたダンジョンの中だからだ。

 現代では主任も普通の女性なのだから、持ち上げられないのは当然だ。


「眠子も煽るなよ」


「じゃあ、牧やんでいいやー。おんぶしてー」


「アホ。自分で歩けよ。もう高校生だろ」


 ここは国内有数のテーマパーク。

 こんなところで高校生を背負って歩いた日には、どんな好奇の視線にさらされるか。


「牧野さん、ダメだって。姉ちゃん歩かせたら、それこそ出るまでに日が暮れちまうよ」


「……あぁ、そうだったな」


 主任が首をかしげる。


「どういうこと?」


「こいつ極度のめんどくさがりで、自分で歩くのも嫌がるんですよ」


「ど、どうやって生活しているの?」


「えーっと……」


 ガニマタが肩をすくめる。


「姉ちゃん、学校行ってないし」


「えぇ!?」


 それから、ハッと口をふさぐ。


「あ、聞いちゃまずいことだったかしら?」


「いや、ただの怠惰な引きこもり」


「そ、そう……。でも、どうしてそんな子がハンターを?」


「それは……」


 眠子がおれの肩をぐいぐいとよじ登ってきた。


「おい、やめ……」


「ハンターになって一発当てれば不労所得で遊んで暮らせるって聞いたのにさー。ほんと参っちゃうよねー」


 ぐにーっと頬っぺたをつまんでくる。


「ほら、ひほひやふあはひひへんばめえほ」


「えー。なになにー?」


 頬をつまむ手を放す。


「こら、ひとに八つ当たりしてんじゃねえよ」


「あははー。牧やんおもしろーい」


「…………」


 悪意がないから、なおさら手に負えないものだ。


「……ず、ずいぶん仲がよさそうなのね?」


「あ、いや、こいつは……」


「あははー。だって牧やんはわたしらの師匠だったからねー」


 あ、こら……。


「え……」


 主任がなんとも微妙な顔でおれを見た。


「そ、そうなの?」


「ま、まあ、成り行きで……」


「いやあ、懐かしいよねー。牧やんってば、いやいや言いながら、つきっきりで教えてくれてたもんねー」


「それはおまえらが無謀なハントばかりやってたからだろ」


 おれはため息をついた。

 こんなところで聞かせるには、あまり楽しい話じゃないんだけどな。


「……こいつら、ダンジョンで前の師匠にデコイにされてたんですよ」


「デコイ?」


 聞きなれないだろう言葉に、主任が眉を寄せる。


「モンスターに囲まれたとき、逃げるためにメンバーをおとりにすることです。固く禁止されていますが、やっぱりたまにあるんですよ」


「……最低ね」


「まあ、その師匠も高校生だったんで。運よくおれたちが通りかかって、なんとかなったんですけど。それで最低限のレベルになるまで面倒を見てやったんです」


「……ふうん」


 主任がにやにやしている。


「あんた。けっこう優しいとこあるのね」


「や、優しくないです。放っておいて死なれたら、こっちの目覚めが悪いでしょ」


「そうそう。そんなこと言って、照れ隠しだよねー」


「牧野さん、そういうとこ変わってないからなあ」


 く……っ。

 どうしてこんな恥ずかしい話になったのか。


 とにかく、いまはこちらの用件を済まさなければ。


「そういえば眠子ねむこ、メールは見たか?」


「あー。……そういえば、それでダンジョンに潜ったんだった」


「おまえ、また半年周期で潜ってるんじゃないだろうな?」


「だってー。うちの近く、ここしかダンジョンないんだもんー。そんな毎週も来れないよー」


「本気でハンターとしてやっていくんだったら、感覚を鈍らせるなと言ってただろ」


「そんなこと言ってもさー。牧やんだって何年もやってなかったじゃん」


「お、おれは引退のつもりだったからいいんだよ」


「はあーあ。そんなこと言って、こんなおっぱいにそそのかされて、あっさり戻ってきちゃうくせにさー」


 主任がさっと胸のあたりを隠す。


「……そういえば、あんた。この子に変なこと吹き込んでたでしょ」


「な、なにがですか?」


「大人の女性の胸は、みんな偽物だって」


 おれはブッと吹き出した。


「い、いや、あれはですね。言葉のあやっていうか。おい、おまえら変なこと言うなよ!」


「だって牧やん、あのとき好きだったセクシー女優が偽乳だったってやさぐれてたじゃーん」


「おま、ばっ!?」


 ハッ。

 主任の視線が絶対零度だ。


 ゴホン、と咳をする。


「と、とにかく明日からの予定も話さないといけないし、少し早いけど夕食にしましょうか」


 と、背中の眠子が両手を上げた。


「やったー」


「牧野さんのおごりだー!」


 はい?


「い、いや、おまえら……」


「なんにしよっかなー。寿司かなー。懐石かなー」


「姉ちゃん、おれ焼き肉がいい」


「えー。わたし肉は嫌いだってばー」


 わいわい盛り上がる眠子たちに、おれは財布の中身を思い出す。

 と、主任にポンと肩を叩かれる。


「お会計はよろしくね。お師匠さん?」


「……はい」


 ……これ、経費じゃ落ちないよなあ。

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