主任、レイド戦に参加しましょう(前)

15-1.おまえは触れちゃいけないものに触れた


 ある日のダンジョン。

 主任が真面目な顔で言った。


「必殺技がほしいわ」


 おれはうなずいた。


「わかりました。じゃあ、とっておきを伝授しましょう」


「ほんと!?」


「まず、剣を両手で構えます」


「ほい」


「そして、脇を締めます」


「こうかしら」


「そして前に突き出します」


「てい!」


 主任がその体勢のまま、こちらを見る。


「それで、それで?」


 目がきらきらしている。

 なんだか無性に胸が痛くなってきた。


「……えっと、それで」


「うん、うん」


「……終わりです」


「なんでよお!?」


 主任がのけ反った。


「これ、ただの突きじゃない!」


「えぇ、ただの突きですよ」


「馬鹿にしてんの!?」


「してませんよ。佐々木小次郎の燕返しも沖田総司の三段突きも、結局は基本技を昇華させたものです。基本をマスターしていない人間が大技を会得しようとしても、それは技に振り回されるだけなんですよ」


「むー……」


 主任は不満げだ。

 このひと、こういうときはなかなか納得してくれないもんなあ。


「ていうか、急にどうしたんですか? 主任の回転斬りだって、立派な必殺技じゃないですか」


「もっと、こう、派手なのがいいの」


「派手というと?」


 回転斬りだって派手だけどな。


「わたし、この前、ネットで見たの」


「なにを?」


「去年のランク戦の動画よ」


「へえ。主任、ランク戦に興味あるんですか?」


「まあ、わたしとしてはモンスター相手がいいけどね」


「そうでしょうね。で、なにかあったんですか?」


「ピーターさんの試合を見たわ」


「……あー、はいはい」


 なるほど理解した。

 あいつの魔法剣は、そりゃもう少年心をくすぐるからなあ。

 あのパーティにホビー会社やゲーム会社のスポンサーが多いのは、そういうイメージが強いからだ。


「わたしも魔法スキルを覚えたいわ」


「えー。あんまりオススメしませんけど……」


「どうして? ここでも取れるじゃない」


「いや、魔法スキルを取るだけなら簡単なんですけど……」


 なんと説明したものか。


「魔法スキルっていうのは他のスキルと違って、扱いが難しいものなんです」


「どうして?」


「うーん。例えば主任の『ローリング・ダンス』は、取得すると身体が自然に覚えていましたよね?」


「そうね。身体が勝手に動いたわ」


「おれの『ブースト』とか『エコー』も同じで、ただスキルを撃てばいいのでわりと簡単に使えます」


「ふむふむ」


「でも、魔法スキルっていうのは単純ではありません。例えば炎系のスキルを撃とうとしても、空気が湿っていたら消えます。風を操るスキルだって、魔素マナの分量とかを細かく調整しなければ暴走します。取得するのは簡単でも、使用にはセンスが必要なんです」


 だからこそ、魔法スキルを自在に使用できるハンターは珍しい。

 ランク上位でも、それほど多くはいなかったはずだ。


「で、でもでも、ものは試しと言うじゃない。覚えてみたら、意外にうまくやれちゃうかも」


「いや、だから魔法スキルはそう簡単ではないんですよ」


「なによ。なにが問題だって言うの?」


「…………」



 …………

 ……

 …



「魔法スキルっていうのは、魔法スキルを使えるひとに教えてもらわなきゃいけない決まりなんですよ」


 あ、ちょ……!


 現代に戻って換金を待っているとき、美雪ちゃんが主任に言った。

 その言葉に、主任が眉を寄せる。


「どうして?」


「マキ兄が言った通り、魔法スキルっていうのは魔素の調節が難しいんです。初心者がうっかり使うと、周囲に危険を及ぼしかねない。だから、それを相殺できる魔導士ウィザードがいなければ、試すこともできないんです」


 ちなみに初心者が勝手に使用して事故になった場合、一切の補助が受けられないばかりかプロ免許もはく奪される。

 それほどに危険なスキルでもあるのだ。


「……ここには、いないの?」


「はい。うちの常連さんや契約しているハンターにも、魔法スキルを使えるひとはいません。そもそも、日本で使えるのは数人ほどです」


「え。でも、牧野は万能型オールラウンダーなんでしょ?」


「まあ、昔は世界でもナンバー1万能型なんて呼ばれていましたけどねえ」


 ふたりの視線が、おれの背中に突き刺さる。

 おれは気づかないふりをしながら、缶コーヒーをあおった。


「…………」


「…………」


 ふたりの視線に耐え兼ね、おれは空き缶をゴミ箱に投げ入れる。


「そもそも魔法スキルなんて、使えなくても困らないんですよ! なんですか、あんなうるさいスキル、モンスターを寄せつけちゃうだけじゃないですか! ハントには必要ないんです! わかったら、主任もいままで通り大剣スキルを覚えていきましょ。ね、ね!?」


「ど、どうしたの? なんか地雷っぽいけど……」


 美雪ちゃんが苦笑する。


「マキ兄も、昔は魔法スキルを覚えたいって師匠さんにごねてたらしいですからねえ。でもさっぱり才能がなくて、いまのスタイルに切り替えたそうです」


「へーえ」


 主任がにやにやしながら見てくる。

 やめろ、やめてくれ!


 おれはもう、そのことには折り合いをつけた。

 高校時代に書いてた、魔法スキルの必殺技ノートもちゃんと捨てた!


 と、そこで美雪ちゃんがつぶやいた。


「でも、あのひとなら魔法スキルの監督できるんじゃない?」


「……あいつのこと?」


「他にマキ兄の知り合いに魔導士はいないでしょ」


「…………」


 まあ、それはそうだ。

 でもなあ……。


「なになに。そんなひとがいるんなら、もったいぶらずに教えなさいよ」


「いや、まあ。確かにあいつは魔法スキルを使えますけど、あまり監督には向いていないというか……」


「そうなの?」


「まあ、会えばわかりますけど……」


 でも、あいつにはちょっと会わせたくないなあ。


「それに、あいつの住まいは九州のほうなんです。おれたちも仕事があるし、簡単には会いに行けないというか……」


「あら。それなら大丈夫よ」


「はい?」


 主任はカウンターの裏にかけられたカレンダーを指さした。

 来月の頭に、赤い数字が三つ並んでいる。


 みなさんご存知、五月の大型連休。


 GWだ。

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