14-6.魔の手は突然に


 すん、すん。


 この匂いは……。


「主任、ブラッド・ウルフが来ます! 構えてください!」


「えー? いまさらそんなもので……」


 ――わおーん。


 ――わおわおーん。


 ドドド、と足音が洞窟に響く。


「え……?」


 洞窟の向こうから、十数頭のブラッド・ウルフが飛び出してきた。


「多いわよおおおおおおおおおおおおお」


「だから言ってるじゃないですか!」


 こうなるとわかってたから連れてきたくなかったんだよ!


 おれが剣を構えると、寧々が指を鳴らした。


 ――パチンッ。


 途端、壁に魔力が集中した。

 その場所を通過したウルフたちの身体が、なにか鋭利なもので切り裂かれる。


「おいおい、この程度で慌てすぎだろ」


 主任がぽかんとした顔で見つめていた。


「え。なに、いまの?」


「……寧々のトラップ・スキルです。こいつはスキルの詠唱短縮にポイント振りまくってるので、真っ向からでもこうやって仕掛けられるんですよ」


 しかし、さすがにこれほどの速さはなかった。

 ……こいつも伊達にプロを続けてたわけじゃないってことか。


「あ、そういえばミコトちゃんは平気?」


 彼女を見ると、平然とした様子でうなずいた。


「大丈夫です」


「あ、そう……」


 ダンジョンでは頼もしいけど、ここまで危なげないと可愛げがないなあ。


「ねえ、牧野」


「なんです?」


「そういえば、満月期ってなんなの?」


「あー……」


 まあ、気になるよな。


「はっきり言って、わかりません。発生する原因も理由も解明されていませんしね。おそらくはエレメンタルになにか不調が起こっているというのが学者の意見ですけど……」


 と、隣からの声が遮った。


「――満月期とは、エレメンタルの防衛機能のひとつです」


 目を向けると、ミコトちゃんがにこりと微笑む。


「エレメンタルって、ダンジョン核の?」


「はい。エレメンタルは絶えず魔素の吸収と排出を行います。その排出された魔素を餌にするモンスターが集まり、こうしてあなた方の呼ぶところのダンジョンとなります。そうして年に一回、溜まりすぎた魔素を一気に排出し、調整を行うのが満月期です」


 寧々が眉を寄せる。


「なんだ、それ。初めて聞いたぞ」


「当然です。そのことを知るのは、魔族でも各眷属の長を務める巫女だけですから」


「はあ? おまえ、なにを言って……」


 そのときだった。

 おれの背筋に、ぞわりとした感覚が走る。


「寧々、伏せろ!」


 おれは彼女に飛びつくと、その身体を地面に押し倒した。

 彼女が立っていた場所に横薙ぎの斬撃が過ぎる。


「な、なんだ!?」


「モンスターだ!」


 おれたちは立ち上がると、すぐさま構えた。

 そのモンスターの形状は、見覚えのあるやつだ。


 ――カマイタチ。


 ただしあの風の谷のやつよりも、ずっと大きい。

 普通のエピック・モンスターではないのはひと目でわかった。


「どうしてこのダンジョンにカマイタチがいるんだよ!?」


「わからない。ただ、あまり温厚なタイプには見えないな」


 と、主任が叫んだ。


「牧野、あの子!」


 目を向けると、ミコトちゃんがカマイタチの大鎌を右手でなでた。


 その手が、見る見るうちに形状を変える。

 肌が大量の羽に覆われていき、やがて鳥人の姿を現した。


 この子、まさかモンスター?

 でも、まさか人型のやつなんて……。


 おれたちが呆然としていると、彼女がフッと微笑んだ。


「わたしはミコト。風の眷属たるハーピィの長」


 そう言って、おれたちに剣を向けた。


「――あなたの中にある、我が姉の記憶をいただきに参りました」

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