主任、特別な季節の特別なハントです

14-1.あの季節がやってくる


「あ、マキ兄。グッド・タイミングだね」


 その日、おれたちが『KAWASHIMA』を訪れると、美雪ちゃんが裏から丈夫そうなスチール・ケースを持ち出してきた。


「今朝、届いたんだよ」


「なにこれ?」


「ほら、加工屋に注文してた片手剣」


「あっ」


 すると、主任がうしろから覗き込む。


「あんた、そんなの頼んでたの?」


「ほら、カマイタチの鎌を剣にできないかって頼んでたんですよ」


「なにそれ、自分だけずるいわ!」


「主任は買ったばっかの剣を持ってるじゃないですか……」


 加工屋。

 それはダンジョン素材を武器に変える職人のことだ。

 主任が贔屓にしている『HOUND』などは、現代の鉱石などで武器をつくる。

 しかしダンジョンで特殊な錬金スキルを得た職人は、ダンジョン素材を武器にすることができるのだ。


 彼らのつくる武器は、モンスターの属性に応じた特殊なスキルを持つ。

 ただし素材を自分で収集しなければならないから、それなりにレベルの高いハンターしか利用できない。


「うまくいったんだね」


「そりゃ源さんだもん。見てみる?」


「もちろん」


 美雪ちゃんがケースの蓋を開けた。


「おぉ……」


 三日月形に歪曲した片手剣が二本。

 淡いグリーンの刀身には、風の精を象った文様が刻まれている。


「いいね」


「二本一対の剣だって。それぞれが違うスキルを持ってるってさ」


「へえ。でもこれだと、盾のほうも新調しなきゃいけな……」


 ――バンッ。


 おれがそれを取り出そうとすると、美雪ちゃんが蓋を閉めた。


「……美雪ちゃん。その手をどけてくれないかな」


「マキ兄。それにはまず、払うもの払ってからにしてね」


 彼女が差し出したのは、一枚の請求書。


 まあ、そりゃそうだな。

 おれはそれを見て、ぎくりと固まった。


「…………」


 いや、嘘だろ。


「どうしたのよ?」


 主任もそれを覗き込んで固まった。


「み、美雪ちゃん。これ、さすがに冗談でしょ?」


 ふるふる。


「なんか源さん、マキ兄が復帰したって知ってすごい意気込んでつくっちゃったらしいんだよね。自分のとこの予備の素材とかつぎ込んじゃったから、金額もすごいことになったって笑ってた」


 なんという送りつけ商法……。


「ていうか、それなら少しぐらいまけてくれても……」


「まけてそれなんだよ。正規の金額だと三倍はするって」


「…………」


 いやまあ、モンスター素材の錬金は金がかかる。

 確かに特殊スキルを持つ剣が二本となれば、これもあり得なくはない。


 でも、ちょっと……。


 おれはちらと主任を見る。


「えーっと、主任……」


「貸さないわよ」


 まだなにも言ってないんですけど……。

 いや、ここで引き下がるわけにはいかない。


「そこをなんとか……」


「いやよ。自分だけ格好いい剣を注文した罰だと思いなさい」


 ひどい!

 いつもいろいろ助けてるじゃんよ!


「み、美雪ちゃん。ちなみに支払い期限は?」


「来月までだって」


「……支払えない場合は?」


「やっぱオークションに出されるんじゃないかな。源さんの武器って、あまり出回らないからね。正規の値段でも売れると思う」


 そうなるよなあ。

 源さん、そういうところはきちっとしてるからな。


 どうするか。

 エピックを狩ろうにも、いまは再出現リスポーンがないらしい。

 金融に手を出すのは、さすがにためらわれる。


「……あれ?」


 おれはふと、掲示板の張り紙を見た。


「もうこんな時期か……」


「なになに、なんなの?」


「いや、満月期がきたなって……」


 主任が首をかしげている。

 あ、そういえば主任は始めてだったな。


「ダンジョンには年に一回、満月期という季節があります。向こうの世界の魔素マナが、とんでもなく濃くなるんですよ。ほんの数日ですが、普段は隠れているレア・モンスターも大量に出てくるんです」


「なにそれ、すごいじゃない!」


「でもその間、ここは閉鎖されます」


「なんで!?」


 美雪ちゃんが苦笑した。


「イレギュラーなモンスターが多いので、冒険レベルの高いパーティしか入れないんですよ。こっちも事故に対処しきれませんからね」


「なあーんだ。つまんないの」


 主任がぷんむくれしている。

 まあ、さすがに主任をそれに連れていくわけにはいかないからな。


 でも、待てよ?


「……まあ、今日はとりあえずナイト・フライでも狩りに行きましょうか」


「そうね。それでいいわ」


 主任と更衣室の前で別れる。

 そして彼女がドアを閉めたのを確認すると、おれはカウンターに取って返した。


「……美雪ちゃん」


 すると彼女は、予想通りという顔でにんまり笑った。


「もちろん今年もやるよ」


「おれも入れる?」


「当たり前だよー。むしろ、わたしから言おうと思ってたんだよね」


「……よし。じゃあ、それでこの剣の代金を払う」


「りょーかーい」


 ――ガチャリ。


「美雪ちゃん、ちょっと……。あら、なにしてるの?」


「え!? あ、ちょっとクエストの確認を……」


「ふうん。……ねえ、ナイト・フライって鳥型だっけ。虫型だっけ?」


「あぁ、あいつは……」


 ……ふう、ひやひやさせるなよ。

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