13-5.夢で逢いましょう
主任がおれの部屋のキッチンで料理している。
なにやら鼻歌なんて口ずさんでご機嫌だ。
夢とはいえ、現実味がなさすぎるな。
おれは手持無沙汰で、その横顔を見ていた。
「…………」
うわあ、この夢、なんかアレだ。
すげえ恥ずかしいな。
え、なんなの?
おれって、主任にこんなことしてほしい願望でもあったの?
ていうか、それならエプロン姿にしてくれよ。
なんで普通にスーツで包丁持ってるんだよ。
……いや、これはこれで、なんか非日常感あって悪くないな。
と、主任が視線に気づいて振り返った。
「どうしたの?」
「……主任って、やっぱこうやって見ると美人ですよね」
――ドスッ。
うわ、危な。
主任の落とした包丁が、彼女の足元に突き刺さっている。
「き、急にどうしたのよ。驚くじゃない」
そう言いながら、てれてれと髪をいじっている。
うわあ、まるで恥じらう乙女じゃないの。
……あぁ、うん。
やっぱ夢だな。
いつもならここで「セクハラよ!」って蹴りの一発でもありそうだもんな。
と、おかゆを運んできた。
「自分で食べられる?」
「え、あぁ、ちょっと身体だるいっすね」
「そ、そう……」
彼女はスプーンにすくうと、そっとおれの口に近づける。
近づけるのだが……。
「……やっぱ、あんた自分で食べなさい」
なぜか彼女は顔を逸らして、お盆ごと膝にのせてきた。
「は、はあ」
なんだ?
いまのはなんの葛藤だったんだ?
まあ、いいか。
おれはそれを口に運んだ。
うまーい。
ただのおかゆなのに、なんでこんなにうまいかなあ。
やっぱカップ麺よりこっちのほうがいいな。
なんか身体が喜んでるのがわかるもん。
しかしおれは絶賛、風邪っぴき。
食べきれずに、半分ほど残してしまった。
「すみません」
「いいのよ。それより、他にしてほしいことない?」
「……してほしいこと、ですか?」
ごくり。
「ちょ、待った。なんでそんな目が据わってんのよ。常識の範囲内よ、常識の」
ちぇー。
せっかくの夢なんだから、ちょっとこう常識的な発言は控えてほしいよな。
「……あー。じゃあ、そうっすね」
ちょっと恥ずかしいけど、こんなこと言っていいかな。
いいよな、夢だもんな。
「寝るまで手ぇ握っててもらっていいですか?」
「え……」
主任の顔が強張った。
恐る恐る、おれの手を取る。
「こ、こう、かしら?」
「あー、いいっすね。そんな感じで」
「う、うん。その、これはどういう意味があるのかしら?」
「いや、なんとなく人肌恋しいときってあるじゃないですか」
「そ、そうね。大人だって、甘えたいときはあるわよね」
いやあ、夢ってすげえな。
こんなこと言ったら、どんな罵倒されるかわかったもんじゃないぜ。
あー、なんか落ち着くなあ。
腹が満たされたおかげか、すごい眠気が押し寄せてきた。
意識が途切れる寸前、主任がつぶやいたような気がした。
「……これ、いつまでやればいいのかしら?」
…………
……
…
翌朝。
おれはベッド脇で眠っている主任を見て、背筋を凍らせていた。
その手がしっかりと握られている。
どうやら夜通し、この姿勢でいてくれたらしい。
「……やっちまった」
おれは昨日の自分の言葉に、がくがくと震えていた。
「あ、あの、主任。起きてください」
「…………」
軽く揺すると、うっすらと目を開ける。
彼女のぼんやりとしたまなざしが、おれを見た。
「え、えーっと、あの、その、言わなきゃいけないことはいろいろあるんですけど。いえ、おかげさまですっかり体調はよくなりまして。ありがとうございます。それで、なんですけど、おれ、もしかしていろいろと粗相をしてしまったような気が……」
と、そのときだった。
「……くしゅんっ!」
主任がくしゃみをして、自身の肩を抱いてぶるりと震えた。
その頬は真っ赤で、心なしか瞳にも生気がない。
……あれ?
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