主任、ダンジョンの価値観はひとそれぞれです

13-1.それはそれは大事なことです


「よう。メシ行かね?」


 岸本が肩を叩いた。

 おれは少し迷ったあと、首を振る。


「いや、今日はここで済ますよ」


「あれ。仕事たまってんの?」


「うん、ちょっとね」


 おれは鞄からカップ麺を取り出した。

 つまり、これが今日の昼飯だ。


「……おまえ、ここで食うときはいつもそれな」


「便利でいいだろ」


「いや、それで足りるの?」


「うん、まあ……」


 ハンターをやっていたころから、食事は少なめだった。

 あのころはインスタント食品なんて食べなかったんだけど、引退してからはずっとこれだ。


 いやあ、ほんと便利だよなあ。

 ビバ・文明の利器。


 おれがひとりでずるずるヌードルっていると、ふと主任が通った。


「あんた。お昼、それだけなの?」


「えぇ、まあ」


 彼女は小さなため息をついた。


「……健康には気をつけなさいよ」


「はあい」


 そういえは、主任っていつもなに食べてんだろ。

 外に行くみたいだから、おれはよく知らなかったりする。


「あ、牧野さん。いま大丈夫ですか?」


「はい?」


「この資料のことなんですけど」


「あ、それは……」


 おれは立ち上がると、慌ててそちらへと向かった。



 …………

 ……

 …



 そして次の土曜日。

 おれたちは美雪ちゃんからの裏クエストを受けていた。


 今日の依頼はレッサー・バットのハント。

 それも上層部のノーマルではなく、レアものだ。


 これがなかなか難しい。

 上層部のモンスターでも、レアものというのは基本的に下層に生息するものだ。

 でも、さすがに主任をそこまで連れてはいけない。


 ということで、おれたちは中層部にある群れを回りながら、レアものを探していた。


「……ふう。やっぱり、なかなか集まりませんね」


「うー。これ、まだ続くの?」


「けっこうな数を頼まれましたからね。あと三つは群れを回ると思います」


 主任が嫌そうな顔で、おれの担いだ麻袋を見た。

 中にはこれまで狩ったレッサー・バットが詰まっている。

 こいつは主に翼に価値があるのだが、胴体ごと持ち帰るのがポピュラーなのだ。


「ひっ。いま動かなかった!?」


「いえ、動いてませんけど……」


「でもでも、もしかしたら生きてるかもしれないでしょ!」


 涙目であとずさる主任に、おれはため息をついた。


「……主任、こいつだけは慣れませんね」


「あ、当たり前よ! こいつの目、ぎょろっとしてて恐いのよ!」


「けっこう可愛いと思うんだけどなあ」


「あんたの言ってること、ときどき理解できないわ……」


 失敬な。

 海外にはレッサー・バットの標本で屋敷を埋め尽くす金持ちもいるんだぞ。


「と、次の群れを見つけましたよ」


 エコーで中を確認する。

 一回り大きな個体を確認した。


 よし、ここは当たりだ。

 おれは剣を構えた。


「では、これまで通りに行きますよ」


「わ、わかった」


 まずはおれが飛び出す。

 そして天井にぶら下がるやつらに向かって『挑発』を放つ。


 やつらは基本的に、群れのすべてで襲ってくる。

 おれがやつらを引きつけているうちに、主任が新しいスキルでそいつらを一掃する。


「はあああああああああああああ!」


 主任が大剣を横向きに構える。

 その場で、身体を軸にしてぐるぐると回り出した。



 ――斬撃スキル『ローリング・ダンス』!



 まあ、ぶっちゃけると回転斬りだ。

 剣を構えてぐるぐる回る、非常に目の回る大剣スキル。


 しかし侮るなかれ。

 集団殲滅力では、これがなかなか馬鹿にできない破壊力を持つ。


 主任が振り回す剣に刻まれて、レッサー・バットが次々に落ちていく。

 そして最後の一匹を叩き落とすと、主任はその勢いで転んでしまった。


「ど、どど、どうよ!」


 主任、むっちゃふらふらしてる。

 剣を地面に突き立てて、必死に立ち上がろうとしていた。


 しかし足ががくがくして、なかなか立てない。

 まるで生まれたての小鹿のようだ。


「ていうか、これ、すごく、目が回るんだけど……」


「そりゃそうですよ。だからスキル取るとき、先に体幹にポイント振ってからだって言ったじゃないですか」


「だ、だってこんなにデメリットが大きいスキルだと思わなかったんだもの」


 やれやれ。

 まあ、無事にレアものを見つけることができたのでよしとするか。


「さあて、あとふたつで……」


 ぐう……。


 おや。

 それはまるで腹の音のようで……。


「主任?」


「……知らない。わたし、お腹なんて空いてないわ」


 ぐう。


「あの、主任。べつに笑わないですから」


「だから知らないと言って……」


 ぐう。


 しかし腹の音は正直だった。

 そういえば、もう現実世界では昼過ぎかあ。


「空いてないなら、ラストスパートでちゃっちゃっと……」


 ぐう!


 このひと、腹の音で抗議してる……。


 おれはため息をつくと、顔を真っ赤にしてお腹を押さえる主任に言った。


「それじゃあ、ここらでお昼にしましょうか」


 ぐう、と腹の音が返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る