12-完.そう、二度とだ


 プログラムの前半が終了した。

 メインであるコンパは、『KAWASHIMA』の酒場を貸し切って行われる。


 もちろんおれたちも食事には参加していたのだが……。


「ハンターさんは普段、なにをしていらっしゃるんですか?」


「えーっと、会社員ですかね」


「え、そうなんですかあ。お強いから、てっきりプロの方かと思いましたあ」


「いや、まあ、プロ免許は持ってますけど……」


「本当ですかあ! ねえ、見せてくださいよう」


「そ、それは勘弁を……」


「えー。どうしてですかあ」


 おれはさっきから、ひとりの女性に捕まっていた。

 ダンジョンで助けた娘だ。

 携帯ショップに勤務しているという。


「あ。お飲み物、どうですか?」


「え、あ、まだ入ってるんで……」


「ほら、飲んでください。どうぞ、どうぞ」


 ぐいぐい飲まされて、さらに注がれる。

 さっきから、この調子でどれだけ飲まされたことか。


「ねえ、熱くないですか? その兜、取りません?」


「いえ、それだけは……」


「わたし、あなたの素顔、見たいなあ」


「…………」


 助けを求めて寧々を見る。


 ――ギンッ!


 背筋も凍るような冷たい目で睨まれた。

 これは、アレだ。

 マジでやるときの顔だ。


「…………」


 そして続いて主任を見る。

 彼女はさっきから、ひたすらもぐもぐと食事をしていた。


 食べ物が次々に兜の下から吸い込まれていく光景は圧巻である。


 あのー、おれもそっちに行きたいなあ、なんて。


 ――ギンッ!


 バイザーの奥から、鋭い眼光がおれを貫いた。

 これは、アレだ。

 取引先が期日直前に仕事をキャンセルしてきたときの顔だ。


「…………」


 おれは周囲を見回した。

 するとエプロン姿の美雪ちゃんが食器を片付けながら近くを通る。


「あ、美雪ちゃん。ちょうどいいところに……」


 こちらを一瞥すると、フッと薄く笑う。


「やっぱ、そうなるかあ」


「ちょっと、よくわからないこと納得してないで助けて!」


「大丈夫、大丈夫。わたしはマキ兄が誰に口説かれようと気にしないから」


「なにが大丈夫なの!?」


「あー、忙しい忙しい。お父さーん。串焼き、もうないよー」


「あ、ちょ……」


 追いかけようとして、ぐいっと腕に抱きつかれる。


「ねえ、まだお話しましょうよー」


「いや、だから、ちょっと……」


 こんな状況でも、わざとらしく押しつけられた胸に意識が集中してしまうのはしょうがないと思うんだ!


 ――ギラリンッ!


 ひいっ!


 こうして、おれの迷宮コンパは幕を下ろした。



 …………

 ……

 …



 出勤すると、さっそく岸本が言ってきた。


「おれさあ、週末にダンジョンのコンパに参加してきたんだよ」


「へ、へえ」


「いやあ、この前のハンター見てさ。ちょっと興味わいちゃって。ついでに女の子とも仲よくなれたらなあって思ってな」


「そう」


「でも、やっぱあれはないわ。死ぬかと思った。しかもせっかく仲よくなった女の子、変な兜のやつに取られちまうし最悪だったなあ」


「あれ。そういえばコンパのとき、どこ行ってたの?」


「規約違反で出禁になった。……って、なんでコンパ参加してないって知ってんの?」


「いや、なんでもない!」


 おれは乾いた笑みを漏らした。


 と、そのとき。


「牧野!」


 びくっ。

 おれは慌ててデスクへ向かう。


「あんたね、この資料またミスってるわよ! こんな仕事もこなせないようじゃ……」


 がみがみがみがみ。


 ひーん。

 こんなミスで、そんなに怒ることねえじゃん。


 こってり絞られ、自分の机に戻る。


「なんか、すげえ機嫌悪いな。なんかあったのかな」


「……さあねえ」


 もう、ぜったいに迷宮コンパには参加しない。

 おれはそう心に強く誓うのだった。

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