12-3.イレギュラーはつきものです


 寧々をなだめて、おれたちは二階のミーティング・ルームに上がった。

 開け放たれたドアから中を覗くと、けっこうな人数が座っている。


 六、七、八……。

 へえ、思ったより集まってるな。


 おや?


「あんた、どうしたの? はやく入って……」


 おれは慌てて主任の口をふさぐと、向かい側の部屋に押し込んだ。


「む、むーっ! むーっ!」


「シッ! 黙ってください!」


 もがく彼女の腕を押さえながら、おれはドアの隙間から廊下の様子をうかがう。

 ちょうど、ふたり組の男たちが歩いて行った。


「……ふう」


 おれはため息をつくと、主任の腕を放した。


「いやあ、驚きましたよ」


 ――ガンッ!


 なぜか頬を染めて息を乱した主任に殴られた。


「お、おお、驚いたのはこっちでしょーが!」


「え。あ、すみません。痛かったですか?」


「そ、そういうことじゃなくて!」


「じゃあ、どういう?」


「わたしだって心の準備が必要なの! そのくらい察しなさいよ!」


 いや、そんなの待ってられないだろ。


「そ、それで。あんた、わたしをこんなところに連れ込んで、なにがしたいわけ?」


「え。あ、そうなんですよ。大変なんです」


「……うん?」


「ちょっといま、見られちゃまずいやつが通りまして。主任、ここは下に戻って対策を……」


 あれ。

 なんで主任、こぶしを握り締めてるんだ?


「……そんなこったろうと思ったわよ!」


 ――ガツンッ。


 なぜか、また殴られた。



 …………

 ……

 …



「え。岸本くんが!?」


「はい。間違いないです」


 岸本くん。

 つまりおれの隣の席の同僚だ。


「なんで?」


「さあ。おれも特になにも聞いてませんけど……」


「見間違いじゃないの?」


「でも、あれは確かに……」


「…………」


「…………」


 どちらにせよ、おれたちがモンスターハントをしていることは会社では秘密だ。

 もし本当にあいつが参加しているんだったら、ここは鉢合わせしたくはない。


「とにかく、美雪ちゃんには事情を説明してキャンセルを……」


「え、でも……」


 そらきた。

 そうだよな、ここでキャンセルしたら例のチケットはもらえないわけだ。


 ……入院費やらなんやらで、おれもけっこう厳しいんだよなあ。


 エピック・モンスターのハントは正直に言ってうまい。

 ここに通う常連はみんな同じ考えだから、あのチケットは本当に争奪戦だ。


「……手がないわけではないです」


「ほんと?」


「はい。ただし、あまりコンパには向かないというか……」


 これであんな場所に混ざっても、出会いなんてなさそうだしな。


「そんなのいいわ。だって今日はハントに来てるんだもの」


「あ、そうっすか」


 うーん。

 この一直線さは見習いたいものだ。


 おれは一階に降りると、カウンターでファイルを準備していた美雪ちゃんに行った。


「美雪ちゃん。あれを貸してほしいんだけど」


 彼女の顔が強張る。


「えー……」


 うん、まあ、主催者はそういう反応になるよねえ。

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