主任、モンスターハントだけがダンジョンではなさそうです

12-1.また結局、このパターン


「……迷宮ダンコン?」


 おれは美雪ちゃんから渡されたビラを見た。


『ダンジョンで新しい世界、新しいひととの出会いを始めてみませんか?』


 なんとも宗教じみた文言が並んでいる。

 いったい、なんの冗談だろうな。


「冗談じゃないよ。街コンって流行ってたじゃん。うちのダンジョンで合コン開催するってお母さんが聞かなくてさ」


「なんで?」


「いやさ、新しいダンジョンできたじゃん? しばらくはうちの常連さんもあっちに流れちゃうから、ご新規さんを獲得するイベントが必要なわけ」


 へえ。確かに新しいダンジョンは遠方からもハンターが来るしな。

 まあ、あそこエピックだらけだから、おれたちにはあまり関係ないけど。


 と、そこへ主任がやって来た。


「ごめんね。出るときに課長に捕まっちゃったわ」


「いえ。おれもいま着いたところなんで」


「あら。これはなに?」


 主任もカウンターの上に積んであるビラの一枚を手に取った。


「なんか、ダンジョンで合コンするらしいですよ」


「へえ。おもしろそうね」


「え。それ本気で言ってます?」


「何事も、新しい試みは大事よ」


「…………」


 意外だな。

 主任のことだから「そんなの好きなモンスターが狩れなくてつまんないわ」とか言うと思ったんだけどな。


「……もしかして、参加したいって思ってます?」


 主任、浮ついた話は聞かないしな。

 意外と出会いを求めていたりするんだろうか。


「わたし?」


 しかし、彼女は首を振った。


「それとこれとは別よ。わたしがダンジョンに求めるのは、楽しい冒険とすごいお宝だけ」


「そ、そうですか」


「どうしたの?」


「い、いえ」


 このひとはそう言うだろうな。


 おれも特に興味はないし、さて今日のクエストを申請っと……。

 今日はレア・モンスターくらいでいいか。


「まあ、美雪ちゃんも頑張ってね」


 ――がしっ。


「……美雪ちゃん。その手を放してくれないかな」


「マキ兄。そのことで、ちょっとお願いがあるんだよね」


「いやだ」


「まだなにも言ってないじゃん」


 いや、予想はつく。

 というか、現役のころからこういうことは度々あったからな。


「どうせ引率してくれとか言う気でしょ」


 この『KAWASHIMA』は川島さん一家が経営していて、他にスタッフらしいひとはいない。

 事故があったときの救助のために契約しているハンターはいるみたいだけど、それもふたりだけだ。

 こういうイベントのときは手が回らずに、臨時でハンターを雇ったりする。


 それでおれは『体よく無償でお願いできる都合のいいお知り合い』として認識されてしまっているわけだ。


「いやだよ。ハンター志望ならともかく、素人さんの安全まで保障できない」


「今回は引率じゃないんだって」


「じゃあ、なに?」


 まさかカウンターで受付の代わりをしろってんじゃないだろうね。


「マキ兄たちには、これに参加してほしいだけだよ」


 はい?


「どういうこと?」


「いや、言葉のままだよ。参加費はいらないからさ、これに参加して、ダンジョンでみんなを盛り上げて、終わったら楽しくお食事するだけでいいの」


「それってつまり、サクラってこと?」


「やだなあ、そんなんじゃないよ。いまのところ経験者の参加がなくてね。うちら引率のハンターだけじゃ、なんか講習会みたいな雰囲気になっちゃうじゃない。メインはあくまで男女の交流なんだからさ」


 いや、それがつまりサクラってことなんじゃないか?


「もちろんわたしのほうから『これしてほしい』とかはないよ。もし気に入った子がいたら、連絡先も交換して構わないし。コンパのほうはお父さんが腕によりをかけるからね。タダでダンジョン素材を換金できて、飲み食いもできるって考えたらお得じゃない?」


「いや、でも……」


 おや?


「……え、いま『たち』って言った?」


「言った」


 その視線は、主任のほうへ。

 彼女はきょろきょろと周囲を見回して、自身を指さした。


「わたしも!?」


「もちろん。やっぱり両方に経験者がいたほうが盛り上がるでしょ?」


「まあ、そうかもしれないけど……」


 いや、それでもだ。

 ただでさえそういう場は苦手なのに、ダンジョンでなんて……。


「おれはパスかな」


 ちらと主任を見る。

 彼女も肩をすくめた。


「わたしも、そういうのはちょっと……」


 美雪ちゃんは少し残念そうに笑った。


「そっか。じゃあ、しょうがないね」


 少し申し訳ないけど、こればかりは向き不向きがあるからな。


 おれたちは今日のクエストのために更衣室へと向かった。


 と、背後で美雪ちゃんが声を上げた。


「あ!」


 振り返ると、彼女がカウンターのこっち側になにか紙切れを落とした。


「大丈夫?」


 主任がそれを拾った。


「これ、なに……」


 それに書いてある文字に目を落としたまま、主任の動きが止まる。


「どうしました?」


 おれも近づいて、その表面を覗く。

 そして、おれは絶句した。


 美雪ちゃんが、わざとらしい声で言った。


「あっちゃあ。うちの『次に指定のエピック・モンスターが再出現リスポーンしたときに優先的にご連絡を差し上げるチケット』が落ちちゃったなあ。危ない危ない。普通はけっこう高いサービス料金が必要なんだけど、今回のコンパに参加してくれるハンターさんにあげようと思ってたんだよねえ。あ、でもマキ兄たちには関係ないね。拾ってくれてありがとう」


「…………」


 ぐわし。


 主任がおれの腕を掴んだ。


「これ、参加するわ」


「ちょ、主任!?」


「いいじゃないの。いつもお世話になっているし、たまには協力しましょう」


「いや、それ騙されて……」


「あんたもどうせ暇なんでしょ?」


「確かに予定はありませんけど……」


 と、主任がじっとおれを見つめている。


 おれはこれを知っている。


 そう、まるで雨に濡れる子犬のような目だ。


「……ダメ?」


 うっ。


「……あー、もう。わかりましたよ」


 美雪ちゃんがにまにま笑いながら、参加者名簿を差し出してきた。


「では二名さま、ご参加ありがとうございまーす」


 あぁ、くそ。

 学生に手のひらで踊らされてしまった。


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