11-2.前哨戦


「さて。じゃあ今日は解散だ。クエストは正午に開始するから、各自、しっかり休んでほしい」


 そうして、ピーターたちはホテルへと戻っていった。


 時計を見ると、午後の七時を回っていた。

 思ったよりも早い時間だな。


 今日は自分のアパートに戻るかあ。


「ユースケ」


 振り返ると、アレックスが立っていた。


「なんだ?」


「帰るの?」


「まあな」


 明日はレジェンドとの対決。

 となると、いろいろ準備もある。


「まあ、おまえもゆっくり休めよ」


「……そうね」


「じゃあ、明日な」


 おれはそのまま、電車で帰った。



 …………

 ……

 …



 ――のだが。


「なんで?」


「それはこっちの台詞だ」


「いや、おれの台詞だろ」


 アパートの前に、なぜか寧々と主任がいた。


 寧々はわかる。

 ここは大学のころから住んでいる部屋だ。

 ピーターが今回のクエストに声をかけていたとは聞いていたから、もしかしたらこっちに来ているかもと思っていた。


 でも、どうして主任が?


 目が合うと、彼女はなぜか身構えた。


「ち、違うの」


 違うらしい。


「あの、その、寧々さんとばったり出くわして、それでその、成り行きで……」


「は、はあ」


 そりゃまあ、主任としても災難だな。

 と、襟を掴まれた。


 寧々がぎろりとおれを睨みあげている。


「おい、コラ」


「な、なんだよ」


「アレックスのやつが来てるって?」


 ぎく。


 大学のころから、なぜかこいつはアレックスを敵視している。

 同じパーティだったのに、その関係を取り持つのに苦労した。


「なんでだよ?」


「なんでって……?」


「なんであいつと組んでるんだよ!」


 寧々はいらつきを抑えられないとでもいうように叫んだ。


「あいつは、おまえからぜんぶ奪っていったやつじゃねえか!」


「…………」


 ふと、主任がこちらを見ているのと目が合う。

 彼女はなぜか、申し訳なさそうに顔を逸らした。


 あー、くそ。

 これはあまり知られたいことじゃなかったけど。


「……寧々、誤解だ」


「誤解もくそもねえだろ! あいつはおまえのスキルも生きがいも、ぜんぶ踏みにじったんだぜ!」


「…………」


 いや、それは違う。


 違うんだよ。


 そのとき、背後でタクシーが停まった。

 ドアが開いて、女の声がする。



「――こんなところにまでいるなんて、しつこい女ね」



 振り返ると、ちょうどタクシーから彼女が下りるところだった。


「あ、アレックス……?」


 寧々も目を見張っていた。


「て、てめえ! よくものうのうと……」


 しかしアレックスは寧々を無視すると、つかつかと主任の前に立った。


「あなたがミス・クロキね」


「…………」


「会いたかったわ。わたしのことはネネから聞いている?」


「牧野の大学時代の仲間だということは……」


 いったい、なにを言うつもりなんだ?


 おれたちが見ていると、彼女はにこりと微笑んだ。


「これまで、どうもありがとう。ユースケ、あなたのおかげでダンジョンに潜れるようになったみたい」


 主任が眉を寄せる。


「……これまで?」


 すると彼女は、とんでもないことを言った。



「ユースケは、わたしがもらって行くわ」



 ――シーン、と場が静まり返った。



 おれは慌てて、ふたりの間に割り込んだ。


「アレックス、なに言ってるんだ!」


 彼女は悪びれもせずに、首を傾げる。


「なにかおかしい?」


「おかしいだろ。突然、そんなことを言って……」


「なにもおかしくない。このクエストが終わったら、わたしはあなたを連れて行く。いっしょに世界中のダンジョンを探索しましょう」


「いや、いきなりそんなことを言われても……」


「いきなりじゃない!」


 アレックスが、おれの手を強く握る。


「あなたは、ダンジョンに潜れるようになったら、わたしを迎えに来るって約束したわ」


「…………」


「まさか、忘れたの?」


 おれは言葉に詰まった。


 忘れるはずがない。

 この数年、その言葉はまるで錘のようにおれの心の中に沈んでいる。


 彼女のうるんだ瞳が、おれを映していた。

 あのときと、まったく変わらないおれの顔だ。


「わたしは、いまでもあなたのパートナーのつもりよ」


 おれは思わず、その目を逸らした。


「……とにかく、今日はホテルに戻ってくれ」


「ユースケ」


「いいから、頼む」


 彼女は悔しそうに唇を噛むと、おれの手を放した。


「あなたといてもユースケは腐るだけ。どちらが彼のためになるか、わかってちょうだい」


 そうして、彼女は待たせていたタクシーに乗り込んだ。

 それが発進して、やがて夜の街に消えていった。


 重い沈黙の中、おれはため息をついた。


「……とりあえず、上で話しましょうか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る