10-7.アレックス
「し、しーっ!」
大声をいさめるが、寧々さんはこぶしを握ってテーブルを叩いた。
「あのくそ女、いまさらなにしに来やがった!」
すると店員さんに怒られた。
追い出されはしなかったものの、いい大人が公共の場で怒られたのは少なからずショックだった。
「え、えーっと……」
わたしはまだ怒りの収まらない様子の彼女に、恐る恐るたずねる。
「お嫌い、なんですか?」
「当たり前だろうが! あいつのせいで、牧野はランクも落ちて引退する羽目になったんだ!」
……話が見えてこない。
「あの、そのアレックスさんって?」
寧々さんはしばらく黙っていたが、やがてぶすっとした顔で答えた。
「……牧野の大学時代のパートナー」
「パートナー?」
あぁ、もう面倒くせえなあ、とつぶやいて腕を組んだ。
……このひとの、こういうはっきりしたところは嫌いじゃないわ。
「ダンジョン探索のメンバー構成には、いくつか段階がある」
「段階?」
「まずふたり一組を『パートナー』。それが集まって10人以下になったのが『パーティ』。大物を狩るときとか、目的をもってパーティ同士が連携するのを『チーム』と呼ぶ」
「…………」
「そんで『パーティ』の中でも『パートナー』は機能する。少人数で行動するときは、その『パートナー』が優先して組まれるんだ。例えばモンスターから逃げるときとか、分かれ道を探索するときだな」
「その牧野の相手だったのが……」
「アレックス」
初耳だった。
そんなひとのことなんて、あいつの口から聞いたことはない。
「でも、どうしてそのひとのせいで、その、牧野が引退を?」
「……アレックスは魔具技師。つまり魔法装備とか、サブウェポンを発明するやつらだ。やつらの発明品はハンターの環境にもろに影響を与えるからな」
「……ごめんなさい。話がいまいち」
寧々さんはため息をついた。
「まあ、すべての始まりは、アレックスのやつがカンガルーをつくったことだな」
「カンガルー?」
それは『ガリバー』で買った、他人のスキルを保管できるサブウェポンだ。
「でも、それが原因って?」
寧々さんはうなずいた。
「牧野のウルトは知ってんの?」
「同時に二つ以上のスキルを発動できる、って聞きましたけど」
「まあ、だいたいそんな感じだな。『十重の武装』は自分の周りにスキルの発生装置をつくり出すもんだ。ばらばらのスキルを同時に発動させたり、同じスキルを重ね掛けして威力を上げたりする。なんか似てると思わねえ?」
わたしはうなずいた。
「カンガルーはもともと、牧野のウルトを発想にしていた。そりゃパートナーのウルトなんだから、研究するのは容易かったよな」
「でも、それがどうして?」
「強いハンターはほとんどが一点特化。でも、それは同時に弱点が明確だってことだ。牧野がウルトでスキルを強化すれば、そのすべてに対処できる。攻撃型のハンターは回復がねえから持久戦で自滅を待つ。防御型のハンターはからめ手で攻め落とす。それであいつはマスター・クラスに到達した」
言いながら、彼女は自分の丼のメンマをひょいとこっちに移した。
「……あの」
「なに?」
「いえ……」
寧々さんの、さも当然かのような態度に思わず黙ってしまう。
どうやらメンマが苦手らしい。
「……でも、次の年にはカンガルー戦術がブレイクした。攻撃型のハンターが持久戦の手段を得て、防御型のハンターが防御範囲内から一方的に攻撃を放つ。となれば、もう先は見えてるよな?」
万能型がランク戦に弱い理由。
それは最終的にはパワー負けするから。
「牧野は自分の得意手を真似されて、格下相手に手も足も出なかった。それまで牧野をもてはやしたハンター協会も、ころっと手のひらを返しちまったよ。そのときにスキル評価もA+からB+まで落ちたってわけ」
「でも、それだけで格上に勝てるとは……」
「そうだな。もちろんカンガルーは個数に限界があるし、撃ったら空っぽになっちまう。でも牧野は負けた。それは事実だよ」
「……あいつは、それで引退を?」
寧々さんは頷いた。
「あのころの牧野はダンジョンがすべてだったからな。あんなサブウェポン頼りのハンターたちに負けた自分が許せなかった。やつは自分の有用性を証明するためにトワイライト・ドラゴンに挑み――そして大怪我して引退する羽目になった」
そう言って、彼女は空になった丼に箸を置いた。
「わかってるよ。アレックスのやったことは正しい。あれのおかげで、ハンターの死亡事故は前年の四割も減った。でも、わたしは許せない。それは牧野だって同じはずだ。それなのに、くそ、なんでいっしょに潜ってんだよ……」
「…………」
気がつけば、食欲も失せていた。
あいつはいま、なにをしているのかしら。
その横顔を、わたしは知らない。
ふとそのことが、妙に胸を締めつけるような気がした。
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