10-5.龍虎、あいまみえん


 アレックスはあれで言い出したら聞かないやつだ。


 翌朝、おれは命令されるままに主任に電話をする羽目になった。

 彼女はすでに起きていたらしく、すぐに電話に出た。


「……ということなんですけど。主任、これはすごく危険なクエストです。この前よりもずっと奥まで潜りますし、モンスターも未知のものです。いざとなったときに守れる自信もありません。だから、今回はできればパスをしていただきたいんです」


 まあ、そう言っても来るんだろうなあ。

 きっと目をきらきらさせながら「行くに決まってるじゃない!」とか叫びそう。


 いや、なんならすでに会社の前で待ってそう。


 おれが悩んでいると、彼女が言った。


『……そうね。わたしはやめておくわ』


 ――え?


 いま、なんと言った?


「あの、主任?」


『なに?』


「……どこか、身体の具合でも?」


『普通よ。変なやつね』


 いや、変なのはどっちだよ!


『それで、もういいかしら。これから出かけるのだけど』


「あ、すみません。それじゃあ、失礼します」


 通話が切れたあとも、おれはぽかんとしながら携帯を見ていた。


 すでに準備を終えたアレックスたちのもとに戻ると、それのことを報告する。


「今日はやめとくそうだ」


「……そう」


 アレックスは一応うなずいたが、納得はできていなさそうだった。



 …………

 ……

 …



 通話を切ると、わたしはため息をついた。


「…………」


 部屋の隅を見る。

 今日のために用意していた防具と剣が置かれていた。


 もちろん、ついていく気だった。

 どうせ牧野も行くのだろうし、だったらわたしも大丈夫よね。


 そう思っていたのだけど。


「どうしたのかしら」


 なぜだか断ってしまった。

 気が乗らなかった、というか、行くのがためらわれた。


 まあ、いいわ。

 もう返事はしてしまった。

 今日は気ままな休日を過ごしましょう。


「……掃除は、もう終わらせてしまったし」


 洗濯も済んだし、仕事の確認も済んでいる。

 あとはスーパーの開店時間を待って――。


「……ちょっと、散歩でもしようかしら」


 不思議と外を歩きたい気分だった。

 とはいえ、どこに行こうというのもない。



 ――となると、どうしてか足は自然とあそこへ向かう。



 いつものように『KAWASHIMA』のドアを開けるようとするが、鍵がかかっていた。

 そこには『臨時休業』という札がかけてある。


「…………」


 そういえば、調査団が終わるまで休みと言っていたような。


 これは参った。

 まあ、それならどこか、時間をつぶせるようなところに行けばいいか。


 そこで、ふと思いいたる。


 ……わたし、いつも休日はなにをしていたんだっけ?


 そんなことを思いながら『KAWASHIMA』に背を向ける。

 しばらく歩いていくと、ふと施設の前にタクシーが停まる音がした。


 それから降りたひとが、ドアの前で叫んだ。


「うわ、マジかよ!」


 ――あれ?


 その声に聞き覚えがあった。

 振り返ると、ショートボブの小柄な女性がドアを蹴ったところだった。


「あー、くそ! 牧野も電話に出ねえし、ここも休みだし! どうなってんだよ!」


「……寧々さん?」


 彼女は振り返ると、目を丸くした。


「……あれ。素人女?」


 だから、その呼び方はやめてくださいと……。

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